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ダンジョンで出会いを求めるのは間違っている  作者: 七星鈴花


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第46話「揺れる心と進むべき道」

 「監視者」の少女が消え去った後も、俺たちはしばらくの間、その場で動けずにいた。

 星々が静かに流れるだけの無限空間。そこには、先ほどまでの死闘が嘘だったかのような、空虚な静寂だけが満ちていた。


「……リリア」


 俺は、呆然と立ち尽くす彼女の肩に、そっと手を置いた。


「なあ、大丈夫か?」

「……」


 リリアは、俺の声が聞こえていないかのように、虚空の一点を見つめている。

 その翠色の瞳は、普段の優しさを失い、どこか危うい光を宿して、激しく揺れていた。


「あの人が……待ってる……。行かなきゃ……」


 彼女は、うわ言のように、そればかりを繰り返している。


「おい、リリア。しっかりしろ!」


 グレイが、彼女の肩を掴んで強く揺さぶった。


「あの女の言葉を、まともに信じるな! あれは、お前を惑わすための罠だ!」

「でも……! でも、あの人は、生きてるって……! アビスの底で、私を待ってるって……!」


 リリアは、グレイの手を振り払い、叫んだ。

 それは、俺が初めて聞く、彼女の魂からの悲鳴だった。


「嘘かもしれない! 罠かもしれない! でも、もし、万が一、本当だったら……!? 私は、もう二度と、あの人を一人にはしたくないの!」


 彼女の瞳から、大粒の涙が次々と溢れ落ちる。

 それは、これまで見てきた悲しみの涙とは違う、もっと激しい、後悔と狂おしいほどの希望が入り混じった涙だった。


「……チッ」


 グレイは、それ以上何も言えず、苦々しげに顔を背けた。

 彼には、リリアのその言葉を否定する権利がない。彼もまた、同じ後悔を、ずっとその背に負い続けているのだから。

 俺は、二人の間に漂う俺の知らない過去の重さに、ただ立ち尽くすしかなかった。

 監視者の少女が残した「ご褒美」という名の呪い。それは、俺たちの絆を、最も残酷な形で試していた。


「……リリア」


 俺は、もう一度、今度は彼女の正面に回り込み、その両肩をしっかりと掴んだ。


「俺も、行くよ。アビスの最深部へ」

「ミナトさん……?」

「お前の探してる人が、本当にそこにいるのか、俺にはわからない。あの少女の言うことが、本当か嘘かもわからない。でも、お前がそこへ行きたいと願うなら、俺も一緒に行く」


 俺は、彼女の揺れる瞳を、まっすぐに見つめ返した。


「俺は、お前の仲間だ。お前が一人で抱え込んでるものを、一緒に背負うって約束しただろ。だから、一人で行かせたりしない。絶対にだ」


 俺の言葉に、リリアの瞳から、また新たな涙が溢れ出した。


「……ありがとう。ありがとう、ミナトさん……!」


 彼女は、俺の胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくった。

 俺は、その小さな背中を、ただ黙って、優しくさすり続けた。


 しばらくして、泣き疲れたリリアが、少しだけ落ち着きを取り戻した頃。

 グレイが、俺たちに背を向けたまま、静かに口を開いた。


「……決まりだな」

「え?」

「行くんだろ。アビスの最深部へ」


 グレイは、ゆっくりとこちらに振り返った。

 その顔には、もう迷いはない。覚悟を決めたA級冒険者の顔がそこにあった。


「ただし、今の俺たちじゃ、深層に辿り着く前に全滅する。それはわかってるな?」

「……ああ」

「なら、やることは一つだ。一度、街に戻る。そして、徹底的に鍛え直す。今の俺たちのレベルを、もう一段階も二段階も、無理やりにでも引き上げるんだ」


 グレイの提案は、冷静で、そして的確だった。

 感情のままに深層へ突っ込んでも、犬死にするだけだ。あの「監視者」の少女も、それを望んでいるのだろう。

「もっと、足掻きなさい」と、彼女は言った。


「リリアの探し人にも、俺を呼んだあの女にも、文句の一つや二つ、言わなきゃならねえからな。そのためには、まず、生き残るための力がいる」


 グレイは、俺の肩を叩いた。


「ミナト。お前のその剣、『星詠み』の力、もっと引き出せるはずだ。俺が、その手伝いをしてやる」

「グレイ……」

「リリア。お前もだ。お前のその優しさは、ただの弱点じゃねえ。使い方を間違えなければ、誰よりも強い力になる。俺が、その使い方を思い出させてやる」

「グレイさん……」


 リリアが、涙に濡れた顔で、グレイを見上げる。


「返事は、どうした」


 グレイは、ニヤリと、いつもの不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、もちろんだ!」

「うん!」


 俺とリリアは、力強く頷いた。


 バラバラになりかけた俺たちの心は、再び、一つの固い絆で結ばれた。

 目的は、決まった。アビスの最深部。

 そこに待つのが、希望だろうと、絶望だろうと、俺たちはもう、決して逃げないと誓った。

 俺たちは、この歪んだ星空に背を向け、地上へと続く、新たな一歩を踏み出した。

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