第45話「砕け散る魔物と監視者の問い」
「ギィイイイイイイイイイアアアアアアッ!」
リーパーの断末魔の絶叫が、星空の広間全体に木霊した。
俺が放った『星詠み』の一撃は、その巨大な体の中心にある核を完全に破壊し、黒い甲殻に無数の亀裂を走らせていた。
やがて、リーパーの巨体は、まるで砂の城が崩れるように、音もなくサラサラと黒い粒子となって霧散していく。
そして、あれだけ無限に湧き続けていた小型の魔物たちもまた、主を失った幻影のように、次々とその姿を消していった。
後に残されたのは、絶対的な静寂。
そして、俺たち三人と、玉座に座る一人の少女だけだった。
「はぁっ……はぁっ……!」
俺は、その場に膝をついた。
リリアから受けた強化魔法の効果が切れ、凄まじい疲労感と全身の痛みが、一気に現実となって襲いかかってくる。『星詠み』を杖代わりにして、なんとか倒れずにいるのがやっとだった。
「ミナトさん!」
「ミナト!」
リリアと、傷を押さえたグレイが、俺の元へ駆け寄ってくる。
「大丈夫か、ミナトさん! すごい技だったけど、身体への負担も……!」
「ああ……なんとかな。それより、グレイ、お前の傷は……」「大したことねえよ。リリアの魔法のおかげで、出血は止まった」
グレイは憎まれ口を叩きながらも、俺の肩を力強く支えてくれた。
その時、玉座から、パチパチ、と拍手をする音が響いた。
俺たちが顔を上げると、監視者の少女が、まるで心から感心したかのように、静かに手を叩いていた。
「素晴らしいわ。本当に、素晴らしい」
鈴が鳴るような可憐な声。
だが、その声には、やはり何の感情も乗っていなかった。ただ、目の前で起きた現象を評価しているかのように、無機質に響くだけだ。
「まさか、あのリーパーを倒すなんて。しかも、そんな形で。私の予想を、あなたはいつも軽々と超えてくるのね、『候補者』さん」
「……お前の、負けだ」
俺は、少女を睨みつけながら、途切れ途切れに言った。
「試練とやらは、これで終わりなんだろ。俺たちの、勝ちだ」
「勝ち負け? あら、勘違いしないで」
少女は、くすりと可憐に笑う。
「これは、勝ち負けを決めるゲームじゃないわ。あなたの資質を、私が見極めるための試験よ。そして、あなたは今、その試験に見事に合格した。ただ、それだけのこと」
少女の言葉に、俺はぐっと唇を噛んだ。
こいつにとって、俺たちの死闘は、やはりただの試験でしかなかったのだ。
「……一つ、聞かせろ」
グレイが、俺の前に一歩出て、玉座の少女に問いかけた。
「お前は、一体何者だ。何のために、ミナトをここに呼んだ。お前の言う『候補者』とは、一体何のことだ」
「あら、あなたは知る必要のないことよ、A級冒険者。これは、私と、そこの『呼ばれた者』だけの問題だから」
少女の視線が、俺だけを捉える。
その底知れない瞳に見つめられていると、魂の奥底まで見透かされているような、不快な感覚に陥る。
「さて、と」
少女は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その小柄な身体が、初めて俺たちと同じ地平に立つ。
「二度目の試練は、あなたの合格。とても満足のいく結果だったわ。だから、ご褒美をあげましょう」
「ご褒美、だと……?」
「ええ。あなたたちが今、一番知りたいであろう情報を、一つだけ教えてあげる」
少女はそう言うと、俺たちの間をゆっくりと歩き、リリアの目の前でぴたりと足を止めた。
「リリア……!」
グレイが、警戒して声を上げる。
少女は、怯えるリリアの顔を、興味深そうに、そして愛おしむように、そっと指先でなぞった。
「あなたが探している『誰か』。そして、あなたが過去に失った『誰か』。その人たちは、みんな、この『アビス』の奥深くで、今もあなたを待っているわ」
「……え?」
リリアが、信じられないというように目を見開く。
「死んだんじゃ、ないのか……?」
「死? ふふっ、死なんて、とても安直な救済よ。彼らは、もっと素敵な形で、あなたとの再会を待っている。アビスの最深部……私のいる、本当の玉座でね」
少女の言葉は、希望のようにも、そして、この世で最も残酷な呪いのようにも聞こえた。
「さあ、道は示されたわ」
少女は、俺に向き直った。
「もっと、強くなりなさい。もっと、足掻きなさい。そして、全ての絶望を乗り越えて、私の元まで辿り着いてごらんなさい。その時こそ、あなたが『候補者』である本当の意味と、この世界の真実を、全て教えてあげる」
「待て!」
俺が叫ぶのと、少女の身体が、ふっと掻き消えるようにその場からいなくなるのは、ほぼ同時だった。
玉座も、舞台も、全てが幻だったかのように消え去り、俺たちは、再び何もない、ただ星々が流れるだけの無限空間に取り残された。
「……行っちまったか」
グレイが、苦々しげに呟く。
「なあ、今の話、本当なのか……? リリアの探してる人が、生きてるって……」
俺の問いに、リリアはただ、呆然と立ち尽くしていた。
その瞳には、困惑とこれまで見たこともないほど、強く、そして危うい光が宿っていた。
「……行かなきゃ」
リリアが、ぽつりと呟いた。
「アビスの、最深部へ。あの人が、待ってる……!」
その声は、もはや俺やグレイに語りかけているものではなかった。
彼女は、ただ一つの希望に、あるいは、一つの呪いに、完全に取り憑かれてしまっていた。




