第3話「死に場所と招かれざる男」
「もう傷は大丈夫?」
リリアが心配そうに俺の腕を覗き込む。彼女の治癒魔法のおかげで、ゴブリンに爪で引き裂かれた傷は跡形もなく消えていた。
「ああ、完璧だ。リリアの魔法はすごいな」
「ううん、そんなことないよ。でも、よかった」
「さっきは助かった。次はもっとうまくやるさ」
錆びた剣を軽く振り、俺は自信ありげに言った。一度勝てば要領は掴める。次はもっとスマートに、ラノベの主人公みたいに立ち回れるはずだ。
俺たちは再び、薄暗い通路を歩き始めた。
「なあ、リリアの探し物って、この奥にあるのか?」
「……うん、多分。手がかりがあるかもしれないから」
「そっか。じゃあ、俺が絶対に見つけてやるよ!」
「え?」
「お前の探し物、俺が一緒に探す。だから、任せとけって!」
俺が胸を叩いてそう言うと、リリアは少し驚いたように目を丸くして、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、ミナトさん」
その笑顔が見られただけで、俺の決意はさらに固くなった。
この子を守る。そして、願いを叶えてやる。それが、俺の役目だ。
そんな会話を交わしてから、十分ほど進んだだろうか。
通路が不自然に広くなり、広間のような場所に出た。そして、そこに奴らはいた。
「嘘だろ……」
思わず声が漏れた。
ゴブリン。だが、数が違う。一体や二体じゃない。ざっと見て、十体以上。中には、一回り体の大きい、棍棒を持った奴まで混じっている。
「ミナトさん、ダメ! あんな数、相手にできないよ! 戻ろう!」
リリアが俺の服の袖を強く引く。だが、すでに遅かった。こちらに気づいたゴブリンたちが、一斉に甲高い雄叫びを上げた。
「くそっ!」
逃げ場はない。やるしかない。
「リリアは下がってろ! 俺がやる!」
「でも!」
「いいから!」
俺はリリアを背後に庇い、剣を構えた。さっきの勝利で得た根拠のない自信がまだ胸の内に燻っている。
「うおおおっ!」
雄叫びを上げ、先頭の一体に斬りかかる。一体は倒せた。だが、すぐに横から別のゴブリンが飛びかかってくる。
「ちっ!」
なんとか剣で受け流すが、体勢が崩れる。そこへ、さらに別の一体が。
「ぐっ……! 多いんだよ、数が!」
腕を斬られ、足を殴られる。すぐにリリアが背後から治癒魔法をかけてくれるが、傷が増えるペースに全く追いつかない。
「ミナトさん、もうやめて! お願いだから!」
リリアの悲鳴のような声が聞こえる。
うるさい。俺は、お前を守るって言ったんだ。こんな雑魚どもに、負けるわけにはいかない。
「邪魔だ!」
がむしゃらに剣を振り回し、数体を道連れにする。だが、俺の体力も限界だった。呼吸は荒く、全身から嫌な汗が噴き出す。
その時、一際体の大きいホブゴブリンが、棍棒を大きく振りかぶるのが見えた。
まずい。あれは、受けきれない。 死が、すぐそこまで迫っていた。
閃光が、走った。
「え……?」
俺が目にしたのは、信じられない光景だった。 横から現れた黒い影が、まるで踊るようにゴブリンの群れの中を駆け抜ける。そのたびに、銀色の軌跡が走り、ゴブリンたちが悲鳴を上げる間もなく血飛沫を上げて倒れていく。
俺があれだけ苦戦した群れが、ほんの十数秒で、ただの一人も残さず全滅していた。
広間の中心に、一人の男が立っていた。黒い革鎧に身を包み、背中よりも長い大剣を肩に担いでいる。短く刈った黒髪。その鋭い眼光が、死体の山と、そして呆然と立ち尽くす俺を射抜いた。
「……何だ、このザマは」
地を這うような、低い声だった。
「あんたは……?」
「死にたいならよそでやれ。ここは遊び場じゃねえんだ」
男は吐き捨てるように言うと、その視線を俺の背後にいるリリアに移した。
「お前もだ、リリア。また同じことを繰り返す気か?」
「……っ」
リリアは男の言葉にびくりと肩を震わせ、俯いてしまった。
知り合い、なのか?
男は忌々しげに舌打ちをすると、俺に顎をしゃくった。
「……チッ。ついてこい。足手まといが」
そう言うと、男は俺たちに背を向け、大剣を担いだままダンジョンの奥へと歩き始めた。
その背中は、あまりにも大きく、そして冷たく見えた。




