第37話「残された言葉と灯火の前の沈黙」
あの日記を見つけてから、俺たちの間の空気は、再び重く、冷たいものに戻ってしまった。
グレイは、以前にも増して口数が少なくなり、ただ黙々と先を歩くだけ。
リリアも、無理に笑顔を作ろうとはするものの、その瞳には隠しきれない不安と悲しみの色が浮かんでいる。
俺は、二人に何と声をかければいいのかわからず、ただ気まずい沈黙の中を歩き続けるしかなかった。
『彼女は、希望じゃない』
あの言葉が、呪いのように頭の中で何度も繰り返される。
助けてくれた冒険者から、なぜそんな風に言われなければならないのか。
リリアが、一体何をしたというのか。グレイは、何かを知っている。
あの日記を読んだ時の彼の態度は、明らかに動揺を隠すためのものだった。だが、彼は何も話そうとはしない。
その日の夜、俺たちは小さな洞窟で野営することになった。
焚き火の炎が、三人の顔をぼんやりと照らす。
誰も何も喋らない。パチパチと薪がはぜる音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……あの、さ」
俺は、耐えきれずに口を開いた。
「あの日記のこと、やっぱり気にすることないと思うぞ。グレイの言った通り、追い詰められた冒険者が、錯乱して書いただけかもしれないし」
俺は、リリアを元気づけようと、努めて明るい声を出した。
「……うん。そうだよね。ありがとう、ミナトさん」
リリアは力なく微笑んだが、その笑顔は痛々しいほどだった。
「……ミナト」
不意に、グレイが低い声で言った。
「お前は、優しいな」
「え……?」
突然の言葉に、俺は戸惑う。
「だが、その優しさは、時には真実から目を逸らさせるだけだ。あの日記に書かれていたことが、ただの戯言ではない可能性を、お前も心のどこかでわかっているはずだ」
「……っ」
グレイの静かな指摘は、俺の心の核心を正確に突いていた。
「なら、なんで話してくれないんだ。あんたは、あの冒険者がなぜあんなことを書いたのか、心当たりがあるんだろ」
俺は、声を荒らげることなく、静かに尋ねた。
「……さあな」
グレイは、炎を見つめたまま、短く答えるだけだった。
「グレイ。俺は、もうただ守られるだけのガキじゃないつもりだ。仲間だって、言ってくれただろ」
「……」
グレイは、何も答えない。その沈黙が、何よりも雄弁な拒絶のように感じられた。
「もう、やめて、二人とも……」
リリアが、震える声で俺たちの会話を遮った。その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「ごめんなさい……。私のせいで、また二人が……。ごめんなさい……」
彼女はそう言って、蹲るようにして泣きじゃくり始めた。
「リリア……」
「……チッ」
グレイは、忌々しげに舌打ちすると、立ち上がって洞窟の外へと出て行ってしまった。
残されたのは、泣きじゃくるリリアと何もできずに立ち尽くす俺だけ。
焚き火の炎が揺らめき、俺たちの無力な影を、洞窟の壁に大きく、そして歪に映し出していた。




