第32話「宿屋での対峙と語られない真実」
宿屋の部屋に戻り、扉を固く閉ざした途端、張り詰めていた空気が一気に重くなった。
俺は、新しい革鎧をテーブルの上に置くと、まっすぐにグレイに向き直った。
「なあ、グレイ。説明してくれ。さっきのラナの話、一体どういうことなんだ」
「……何がだ」
「とぼけるなよ! 『お前が前のパーティーを解散した時期と、噂が流れ始めた時期が一致する』って、ラナは言ってた。あんた、何か知ってるんだろ!」
俺の詰問するような口調に、グレイは顔をしかめ、忌々しげに舌打ちした。
「ミナトさん、落ち着いて……」
リリアが、俺たちの間に割って入ろうとする。
「リリアは黙っててくれ! これは、俺とグレイの問題だ。いや、俺たち全員の問題だ!」
俺は、リリアを見る。彼女の翠色の瞳が、不安げに揺れていた。
「『ダンジョンの深層で、銀髪翠眼の少女に助けられた』……。リリア、あんた以外にも、同じようなことをしてる奴がいるのか? それとも……」
俺は、それ以上、言葉を続けることができなかった。疑いの言葉が、喉の奥でつかえる。
「……ミナト」
グレイが、低い声で俺の名前を呼んだ。
「お前が、何を知りたいのかはわかる。だが、今、お前がそれを知るべきじゃねえ」
「なんでだよ! 俺は、もうあんたたちの仲間なんだろ! だったら、隠し事なんてしないで、全部話してくれよ!」
「ガキが、知ったような口を利くな!」
グレイが、声を荒らげた。
「仲間だからこそ、話せねえこともある! お前みてえな半端な覚悟の奴に、背負えるような軽い話じゃねえんだよ!」
「半端な覚悟……?」
「そうだ。お前は、まだ何も知らねえ。この世界の本当の厳しさも、ダンジョンの本当の恐ろしさも、そして……」
グレイは、そこで言葉を切り、ちらりとリリアを見た。
その目には、怒りとは違う、深い苦悩と後悔の色が浮かんでいた。
「……グレイさん、もうやめて」
リリアが、震える声で言った。
「私が、話すから」
「リリア!?」
グレイが、驚いたように彼女を見る。
「ミナトさんは、もう私たちの仲間だよ。何も知らないまま、危険なことに巻き込むわけにはいかない。それに、私だって……もう、隠しているのは嫌なの」
リリアは、固く拳を握りしめ、決意を秘めた瞳で俺とグレイを交互に見た。
「ラナさんの言った通りだよ。ダンジョンで、冒険者の人を助けていた銀髪の少女は……私」
「……やっぱり」
薄々感づいていた事実に、心臓が冷たくなる。
「でも、記憶が曖昧だって話は、私にもわからない。私は、ただ、困っている人を助けていただけだから……」
「じゃあ、なんでグレイは、あんたがパーティーを解散したことと、その噂を……」
俺が問い詰めようとした、その時。
「そこまでだ」
グレイが、リリアの言葉を遮った。
「話すのは、そこまでだ、リリア。これ以上は、ダメだ」
その声は、命令であり、そして、懇願のようにも聞こえた。
「……ごめんなさい」
リリアは、力なくそう言うと、俯いてしまった。
部屋に、重苦しい沈黙が落ちる。
俺は、二人が共有している、決して踏み込んではいけない領域の存在を、まざまざと見せつけられた気がした。
知りたい。でも、怖い。
真実は、すぐそこにあるのに、分厚い壁に阻まれて、どうしても手を伸ばすことができなかった。




