第29話「模擬戦と約束の日」
翌日から、グレイによる本格的な訓練が始まった。
午前中はひたすら素振りと体力作り。そして、午後からはグレイとの模擬戦が始まった。
「いいか、これは訓練だが、本番のつもりでこい。少しでも気を抜けば、死ぬと思え」
宿屋の中庭で、グレイは木剣を、俺は『星詠み』を構えて向かい合う。
もちろん、刃はつけていない訓練用のものだが、そのプレッシャーは本物だった。
「行くぞ!」
俺は、気合と共に一気に距離を詰め、教わったばかりの基本に忠実に、上段から斬りかかった。
「遅い」
グレイは、俺の剣を木剣で軽く受け流すと、その勢いを利用して俺の体勢を崩し、がら空きになった胴体に容赦なく木剣を叩き込んできた。
「ぐっ……!」
息が詰まるほどの衝撃。防具を着けていなければ、骨が折れていたかもしれない。
「今の、どこが悪かったかわかるか?」
「……踏み込みが、単調すぎた」
「そうだ。敵は、お前の思った通りには動かん。常に、二手三手先を読め。相手の動きを、そしてその先の狙いを読め」
何度も、何度も、俺はグレイに打ちのめされた。
「大振りすぎる! そんな動きじゃ、カウンターをくれと言ってるようなもんだ!」
「足を使え! 剣を振るだけが戦いじゃねえ!」
「なぜそこでガードする! 今のは避けるべきだったろうが!」
グレイの罵声と木剣が俺の体を打つ鈍い音が、中庭に響き渡る。
リリアが、いつも心配そうに俺たちの訓練を見守っていた。
「ミナトさん、もう今日はこれくらいにしたら……? 体がボロボロだよ」
訓練を終え、ぐったりと座り込む俺に、リリアが傷薬を塗りながら言った。
「いや……まだだ。まだ、やれる」
俺は、悔しさを滲ませながら答えた。
『星詠み』を手にし、身体能力も上がっているはずなのに、グレイとの間には、絶望的なまでに分厚い壁があるように感じられた。
「焦るな、ガキ」
グレイが、汗を拭いながら言った。
「お前は確かに、この二日でマシになった。だが、俺に勝とうなんか、十年早え」
「……わかってるよ。でも、悔しいんだ。あんたは、いつも俺の動きが全部見えてるみたいで……」
「見えてるんじゃねえ。読んでるんだ」
グレイは、自分の木剣を指さした。
「剣の動き、足の運び、視線の先、呼吸のリズム。お前が次に何をしようとしてるかなんてのは、その全てに現れる。俺は、それを読んでるだけだ」
「……」
「お前が俺に一撃入れたいなら、俺の読みの、さらに裏をかくしかねえ。お前だけの誰にも真ねできねえ動きでな」
俺だけの動き。その言葉が、ずしりと重く、俺の心に響いた。
「まあ、今日の訓練はここまでだ」
グレイは木剣を置くと、不意に言った。
「明日で、あの情報屋と約束してから三日だ。そろそろ、何か情報が入ってるかもしれん」
「情報屋……!」
そうだ。俺は自分のことばかりで、リリアの探し物のことを忘れかけていた。
「リリア、明日、何か分かるといいな」
「うん……」
リリアは、期待と不安が入り混じったような複雑な表情で頷いた。
俺は、自分の手の中にある『星詠み』を見つめた。
この剣は、俺に力をくれた。だが、それだけじゃ足りない。リリアの力になるためにも、俺はもっと強くならなければ。
答えの見えない問いを抱えながら、俺は明日という日が来るのを待っていた。




