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ダンジョンで出会いを求めるのは間違っている  作者: 七星鈴花


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第1話「見知らぬ天井と都合のいい出会い」

 意識が、ゆっくりと水底から浮上してくる。


 最初に感じたのは、石と微かな黴の匂い。次に、背中に伝わる硬い寝台の感触。そして最後に、瞼の裏側をちかちかと不規則に刺激する、揺らめく光。

 重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは見慣れない木目の天井だった。

 太く黒光りする梁がむき出しになっていて、その所々から乾燥したハーブの束が吊るされている。壁際で燃えるランプの炎が、部屋全体を頼りなく、だが温かく照らしていた。


「……どこだ、ここ」


 自分のものではないような、掠れた声が出た。

 身体を起こそうとして、全身を包む奇妙な倦怠感に気づく。熱に浮かされた時のような気だるさ。

 だが、不思議と不快ではない。むしろ、古い殻を脱ぎ捨てたかのような妙な爽快感があった。


 見回すと、部屋は飾り気のない簡素な造りだった。どっしりとした木製のテーブルと椅子が二脚。壁には色褪せたタペストリー。そして、俺が今まさに寝かされているこの寝台。

 着ている服も変わっていた。公園にいた時のくたびれた制服ではなく、肌触りのごわごわした、麻でできた粗末なシャツとズボン。

 その事実が、ここが俺の知る世界のどこでもないことを、静かに告げていた。


「目が覚めたのね」


 不意に、鈴を転がすような声がした。

 心臓が、またしてもドクンと大きく脈打つ。俺をここに呼んだあの頭の中に直接響く鈴が鳴るような可憐な少女の声とは違う。もっと実体を伴った、血の通った、すぐそばから発せられた声だ。

 弾かれるように声のした方へ視線を向けると、そこに彼女はいた。


 入口のドアフレームにもたれかかるようにして、一人の少女がこちらを心配そうに見ていた。

 銀色の月光を溶かしてそのまま絹糸にしたような信じられないほど美しい髪。それがランプの光を柔らかく反射して、彼女の周りに淡い光輪を描いている。大きな翠色の瞳は、深い森の泉を思わせた。色素の薄い透けるような白い肌。

 服装は、汚れ一つない白いローブ。その華奢な手には、先端に青い宝玉が埋め込まれた白木の杖が握られている。神官あるいはヒーラー。ラノベにおけるヒロインの王道中の王道。


 あまりに、完璧すぎた。 俺が灰色の現実で、擦り切れるほど夢想した「異世界での最初の出会い」そのものが、今、目の前にあった。


「だ、大丈夫? モンスターに襲われて倒れていたから、びっくりしたんだよ。私の治癒魔法で応急手当はしたけど……」


 少女はそう言って、こてんと首を傾げる。


 モンスター? 襲われた?

 待てよ、俺は公園のベンチにいたはずだ。ラノベを読んでて……それから光に包まれて……。そこからの記憶が曖昧だ。

 それに、この服は誰が着替えさせたんだ? まさか、目の前のこの子が……? 

 そこまで考えて、顔にカッと熱が集まるのがわかった。


「……助けて、くれたのか?」


 俺は、湧き上がる疑問を何とか喉の奥に押し込んで、そう尋ねた。


「うん。通りかかったのが私でよかった。ここはダンジョンの浅い階層だけど、油断してると危ないから」


 ダンジョン。

 その単語が、俺の脳を揺さぶった。すべての疑問が、興奮によって塗り替えられていく。間違いない。俺は本当に、本当に異世界に来たんだ。そして目の前には、絵に描いたような美少女ヒーラー。

 これはもう、運命以外の何物でもない。物語が、俺を主人公として選び、今まさに始まってしまったのだ。


「俺は、ミナト……。相川湊だ」

「ミナト……。私はリリア。よろしくね、ミナトさん」


 リリアと名乗った彼女は、ふわりと花が綻ぶように笑った。

 その笑顔の直撃を受け、俺の世界は完全に色づいた。灰色の日常では決して味わうことのできなかった、脳が焼き切れそうなほどの極彩色の衝撃。

 ああ、これだ。俺は、この出会いのために、ここに来たんだ。


「あの、もしよかったら……」


 リリアが、少し不安げに翠色の瞳を揺らしながら、上目遣いで俺を見る。


「私、一人で心細かったんだ。奥へ進むのを、手伝ってくれないかな?」


 その仕草があまりに自然で、俺は思わず目を逸らした。心臓がうるさく鳴る。


 断る理由など、この世界のどこを探しても見つからなかった。むしろ、願ってもない申し出だ。


「もちろんだ! 任せとけ!」


 何の根拠もない自信と共に、俺は力強く、そして少し声が裏返りながらも、そう答えた。


 こうして、俺の異世界生活は最高の形で幕を開けたのだった。

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