第16話「黒曜石の扉と歪んだ星空」
黒曜石の扉は、まるで生きているかのように、冷たいプレッシャーを放ち続けていた。
「なんだよ、この圧……。扉の向こうに、とんでもない奴がいるってことか……」
俺は、ゴクリと喉を鳴らした。ただ扉の前に立っているだけで、全身の毛が逆立つようだ。
「ああ。だが、ここで引き返す選択肢はねえ」
グレイは大剣の柄を握りしめ、覚悟を決めたように言った。
「行くぞ」
「待って、グレイさん……!」
リリアが、グレイの腕を掴んだ。その顔は青ざめ、瞳は不安に揺れている。
「なんだか、すごく嫌な感じがする……。でも……」
彼女は、扉をじっと見つめ、何かを探すように呟いた。
「もしかしたら、この先に……私の探し物も……あるのかもしれないから」
以前、彼女が口にしていた大切な探し物。その手がかりが、この先にあると彼女は感じているのだろうか。
「感傷に浸るのは後にしろ」
グレイは、リリアの手を振り払うことなく、静かに言った。
「今は生き残ることだけを考えろ。奴の領域だ、何が起きてもおかしくねえ」
「……わかってる」
「大丈夫だ、リリア」
俺は、震える彼女の肩にそっと手を置いた。
「俺たちがついてる。あんたの探し物も、俺を呼んだ声の主も、全部まとめて見つけ出してやるよ」
「ミナトさん……」
「フン。威勢だけはいいな」
グレイは鼻で笑ったが、その声にはいつものような刺々しさはない。
「だが、死ぬなよ、二人とも」
そう言うと、グレイは扉に両手をかけ、全体重を乗せて押し始めた。
ゴゴゴゴゴ……と、地響きのような低い音を立てて、黒曜石の扉がゆっくりと開いていく。
隙間から漏れ出すのは、光ではなかった。吸い込まれそうなほどの深い闇。
そして、扉が完全に開かれた時、俺たちは言葉を失った。
「うわ……なんだ、ここ……」
そこに広がっていたのは、通路でも、部屋でもなかった。
床も、壁も、天井もない。無限に広がる、宇宙空間そのものだった。
足元には、見えない床がある。だが、一歩踏み出すれば奈落に落ちてしまいそうな錯覚に陥る。
頭上には、遠い銀河や星雲が渦を巻き、手の届きそうな距離を、いくつもの星がゆっくりと流れていく。
「空が……部屋の中に……?」
リリアが、呆然と呟く。
「幻覚か……? いや、違う」
グレイは、足元の見えない床を剣の先で突き、確かな手応えがあったことを確認する。
「空間そのものが、捻じ曲げられてやがる。とんでもない魔力だ」
静かだった。モンスターの気配も、風の音すらもない。ただ、星々の放つ無音の光だけが、この異常な空間を満たしている。
俺たちは、互いを見失わないように身を寄せ合いながら、ゆっくりと先へ進んだ。
道と呼べるものはない。ただ、星空の中を、まっすぐに歩いていく。
しばらく進むと、その空間の中心に、ぽつんと浮かぶ一つの祭壇のようなものが見えてきた。
黒い大理石でできた簡素な祭壇。その上には、何かが置かれている。
「あれは……」
俺がそれに目を向けた瞬間、心臓が微かに引き寄せられるような奇妙な感覚に襲われた。
「おい、どうした?」
俺の異変に気づいたグレイが、鋭く問いかける。
「いや……なんでもない。ただ、あの祭壇……何か、気になる」
俺は、その引力に導かれるように、一歩、また一歩と、星空に浮かぶ祭壇へと足を進めていった。




