第15話「変わりゆくダンジョンと奇妙な静寂」
十分な休息を取り、俺の身体の痛みもだいぶ和らいだ頃、俺たちは再びダンジョンの奥へと足を踏み入れた。
「いいか、昨日までとは状況が違う。常に周囲を警戒しろ。どんな些細な変化も見逃すな」
グレイの低い声が、静かな通路に響く。
「わかってる」
「うん、気をつけるね」
俺とリリアは、緊張した面持ちで頷いた。
アルラウネがいた広間を抜け、さらに先へ進む。
「……なあ、何かおかしくないか?」
しばらく歩いたところで、俺は違和感を口にした。
「ああ。静かすぎる」
グレイも、同じことを感じていたようだ。
あれだけ頻繁に遭遇していたゴブリンやコボルトの姿が、一体も見当たらない。
まるで、ダンジョンからモンスターがすべて消え去ってしまったかのように、不気味なほど静まり返っている。
「モンスターたちが、どこかに行っちゃったのかな?」
リリアが、不安げに呟く。
「いや、逆だ」
グレイは、壁を指さした。
そこには、真新しい、巨大な爪痕が幾筋も刻まれていた。
「何だこれ……。熊でもいるのか?」
「もっとデカい何かだ。ここのモンスターは、逃げ出したか、あるいは……食われたか、だな」
グレイの言葉に、ごくりと喉が鳴る。この先に、そんな化け物がいるというのか。
「おい、ミナト。お前、何か感じるか?」
不意に、グレイが俺に尋ねた。
「え? 俺に?」
「お前を呼んだ『監視者』とやらは、この先にいる可能性が高い。何か、引き寄せられるような感覚はねえのか?」
言われて、俺は意識を集中させてみる。
風、匂い、音……。五感を研ぎ澄ますが、特に何も感じない。
「いや……何も。ただ、気味が悪いくらい静かだってことくらいだ」
「そうか……」
グレイは、何か納得いかないような顔で、再び前を見据えた。
さらに進むと、通路の様子が明らかに変わってきた。これまでは、無機質な石造りの壁が続くだけだった。
だが、今は壁の所々に、水晶のようなものが突き出し、淡い光を放っている。
「うわ……きれい……」
リリアが、思わず感嘆の声を漏らす。
まるで、星空の中にいるようだ。幻想的な光景に、俺も一瞬だけ見とれてしまう。
「浮かれるな。これも、ダンジョンの変化の一部だ」
グレイが、冷たく釘を刺す。
「この光、魔力を帯びてる。おそらく『監視者』の力が、ここまで影響を及ぼし始めてるんだ」
壁の水晶は、奥へ進むにつれてその数を増やし、輝きを増していく。
やがて俺たちの前に、巨大な扉が現れた。
これまで見てきたような石造りの通路とは不釣り合いな、黒曜石で作られたかのような、荘厳な両開きの扉。表面には、見たこともない複雑な紋様がびっしりと刻まれている。
「なんだ、これ……」
「……ここが、入り口ってことか」
グレイは、扉を見上げながら呟いた。
「入り口? 何の?」
「決まってるだろ」
グレイは、大剣の柄に手をかけた。
「俺たちを試している、クソったれな『監視者』の領域への、な」
扉からは、何の音も聞こえない。
ただ、その向こう側から、計り知れないほどの強大なプレッシャーが、ひしひしと伝わってくるだけだった。




