第13話「監視者の吐息と新たな覚悟」
「……もう、大丈夫だよ。大きな傷は塞がったから」
リリアが俺の身体から手を離すと、温かい光がすっと消えた。
あれだけひどかった傷はほとんど塞がっていたが、身体の芯にはまだ鈍い痛みが残っている。
「ありがとう、リリア。また助けられたな」
「ううん。でも、ミナトさん、もうあんな無茶はしないでね。見てて、心臓が止まるかと思った……」
リリアは、潤んだ瞳で俺を見つめた。
「悪かった。でも、あれしか方法が思いつかなかったんだ」
「……」
その間、グレイはアルラウネの残骸を大剣の先で突きながら、何かを調べていた。
「どうだ、グレイ。何か分かったか?」
俺が声をかけると、グレイは忌々しげに顔を上げた。
「ああ。こいつのコアが抜き取られてる」
「コア?」
「モンスターの力の源だ。普通、これだけの大物を倒せば、魔石や素材が手に入る。だが、こいつはもぬけの殻だ。まるで、誰かが前もって持ち去った後みたいにな」
グレイの言葉に、俺とリリアは顔を見合わせた。
「やっぱり、誰かが仕組んだってことか……」
「間違いないだろうな。ポーション三本の宝箱、助けを求める声、そしてこの抜け殻のアルラウネ。全て、俺たちを試すための舞台装置だ」
「試す……? 何のために?」
「さあな。お前をここに呼んだ奴の趣味かもしれんし、もっと別の目的があるのかもしれん」
グレイはそう言うと、じっと俺の目を見た。
「ミナト。お前が最初に聞いたっていう『あなたは、異世界転移をしてみたいですか?』って声。そいつについて、何か他に覚えていることはないか?」
「いや……ただ、少女の声だったってことくらいで……」
俺がそう答えると、グレイは「そうか」とだけ言って、深い思考に沈んだ。
「これから、どうするんだ? このまま進むのか?」
俺は、通路の奥の暗闇を見つめながら尋ねた。
この先に、俺を呼んだ声の主がいる。そう思うと、恐怖よりも好奇心が勝った。
「いや、一度体勢を立て直す。お前は満身創痍、リリアも魔法を使いすぎた。このまま進むのは自殺行為だ」
「でも!」
「口答えするな。俺の指示に従うと約束したはずだ」
グレイに睨まれ、俺はぐっと言葉を飲み込んだ。確かに、今の俺の身体はボロボロだ。これ以上は足手まといになるだけだろう。
「わかった……。あんたに従うよ」
「よし。なら、一旦安全な場所まで戻って野営する。行くぞ」
グレイが立ち上がり、俺もリリアに肩を借りながら、なんとか身体を起こした。 三人が、アルラウネの残骸が転がる広間を後にしようとした、その時だった。
ダンジョンの奥から、微かに風が吹いてきた。それはまるで、誰かの吐息のように。
ひやり、と冷たいその風は、俺たちの頬を撫で、松明の煙を揺らして、すぐに消えた。
「……今の、何だ?」
「風……? こんな閉鎖された場所で?」
リリアが不安げに周囲を見回す。
「……」
グレイは何も言わず、ただ、風が吹いてきた方向――ダンジョンのさらに深い闇――を、射抜くような鋭い目つきで睨みつけていた。その横顔には、これまで見たこともないほどの緊張が浮かんでいる。
「……行くぞ。急げ」
グレイは短くそう言うと、俺たちの背中を押すようにして、足早にその場を離れた。




