第10話「助けを求める声と仕組まれた罠」
「た、助けて……! 誰か……!」
か細く、途切れ途切れの助けを求める声。それは、通路の奥、甘い香りが一層強くなる方角から聞こえてくる。
「……女の人の声?」
リリアが、不安げに呟いた。
「罠だ」
グレイが、即座に、そして冷たく言い放った。
「なんでだよ! 人が助けを求めてるんだぞ!」
俺は、思わず反論した。見捨てるなんて、できるわけがない。
「都合が良すぎると思わんか?」
「都合がいい?」
「ああ。三人で進んでる俺たちの前に、ちょうど三本のポーションが入った宝箱が現れる。そして、その直後に助けを求める声。出来すぎた舞台設定だとは思わんか?」
グレイの言葉に、俺はハッとした。確かに、言われてみればそうだ。
まるで、俺たちの行動がすべてお見通しであるかのような……。
「だが、それはあんたの考えすぎかもしれないだろ! 本物の人間だったらどうするんだ!」
「その可能性は低い。さっき、お前がポーションを手に取って得意げにしていた時、俺は見ていた。通路の奥の暗闇で、何かが一瞬光ったのをな」
「光った……?」
「ああ。おそらく、俺たちを監視している奴がいる。これは、そのお試しだろうよ。俺たちが、その声にどう反応するか、試されているんだ」
グレイの沈黙の理由はそれだったのか。俺が浮かれている間に、この男はそこまで見ていたというのか。
「それでも……! それでも、見捨てるなんて俺にはできない!」
「ミナトさんの言う通りだよ、グレイさん! もし、本当に人がいるのなら……」
リリアも、俺に同意する。
「私たちが助けを求めていた時に、誰かに『罠かもしれない』って見捨てられたら……すごく、悲しいと思うから」
「……チッ。甘いガキどもが」
グレイは忌々しげに舌打ちするが、その目には先ほどまでの冷徹さとは違う、何か別の感情が浮かんでいた。諦め、あるいは憐れみのような。
「……わかった。行くぞ」
グレイが、意外な言葉を口にした。
「え?」
「ただし、条件がある。先頭は俺が行く。ミナト、お前はリリアを守って後方にいろ。そして、何があっても俺の指示に従え。それができなきゃ、お前たちは二人まとめてここに置いていく。いいな?」
「……わかった」
俺は、グレイの真剣な眼差しに気圧され、頷くしかなかった。
グレイを先頭に、俺たちは声のする方へと慎重に進む。甘い花の蜜のような香りが、さらに強くなる。
「グレイ、本当に大丈夫なのか?」
「さあな。だが、お前らの言う通り、万が一ってこともある。それに……」
グレイは、ちらりと俺を見た。
「ここで見捨てて、後々お前に『あの時、助けていれば』なんて一生うじうじ言われるのは、反吐が出るんでな」
「なっ……!」
憎まれ口は相変わらずだが、彼なりのけじめのつけ方なのだろう。
通路の角を曲がった先、少し開けた空間に、それはあった。
壁際に、うずくまる人影。長い髪の女性が、足を怪我しているのか、苦しそうに座り込んでいる。
「……止まれ」
グレイが手を上げて制止する。
「大丈夫か!」
俺は、思わず声をかけた。
「ああ……助けが、来てくれたのね……。足が、動かなくて……」
女性は、か細い声でそう言うと、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には、目が、なかった。 のっぺりとした顔の中心で、巨大な口が、三日月のように裂けていた。
「ヒ……」
声にならない悲鳴が、喉に張り付く。
「やはりな。アルラウネの擬態だ!」
グレイが叫ぶと同時に、うずくまっていたそれの背後から、無数の蔓が、蛇のように襲いかかってきた。




