第9話「宝箱と甘い罠」
「なあ、あれ、見てみろよ!」
俺が指さしたのは、通路の行き止まりにぽつんと置かれた、一つの木箱だった。
「宝箱……!」
リリアが、ぱっと顔を輝かせた。
「待て、近づくな」
グレイが、俺たちの前に腕を伸ばして制止する。その目は、ただの木箱ではなく、獰猛な獣でも見るかのように鋭い。
「なんでだよ! お宝かもしれないだろ!」
「ミナトさん、グレイさんの言うことを聞いて。ダンジョンの宝箱には、罠が仕掛けられてることが多いから」
リリアが、なだめるように言った。
「罠……。ラノベでよくあるやつか。毒針が飛び出してきたり、眠りガスが出たりする……」
「そんな生易しいもんじゃねえ。ミミックだ」
グレイは、吐き捨てるように言った。
「ミミック?」
「宝箱に擬態したモンスターだ。不用意に近づいた獲物を、そのデカい口で丸呑みにする。お前みたいな欲深いガキは、格好の餌食だな」
「お、俺は別に欲深くなんかない!」
「フン。顔に書いてあるぞ」
グレイは、地面に転がっていた手頃な石を拾うと、宝箱に向かって放り投げた。
石は、カツン、と乾いた音を立てて宝箱に当たり、そのまま地面に落ちる。何も起こらない。
「……どうやら、本物の宝箱みたいだな」
リリアが、ほっとしたように胸をなで下ろした。
「チッ。つまらん」
グレイは、興味を失ったように舌打ちする。
「よし! じゃあ、開けてみようぜ!」
俺は逸る心を抑えきれず、宝箱に駆け寄った。
錠はかかっていなかった。ぎしり、と重い音を立てて蓋を開ける。
中に入っていたのは、金貨や宝石ではなかった。
「ポーション……?」
手のひらサイズの小瓶が、丁寧に布に包まれて三本だけ置かれていた。中には、赤い液体が満たされている。
「これは……ハイポーション。すごく貴重なものだよ!」
リリアが、驚きの声を上げた。
「へえ。俺たちのために用意されてたみたいだな。ちょうど三本だし」
俺は単純に喜んだ。これで、リリアの魔力を節約できる。
「ミナトさん、一本持ってて。いざという時に使えるから」
「ああ、わかった」
俺はリリアから小瓶を一本受け取り、懐にしまった。
残りの二本は、リリアが自分のポーチに収める。
「運が良かったな。これで少しは生存率が上がっただろ」
俺がグレイに向かって得意げに言うと、彼は何も答えず、ただじっと俺の目を見ていた。その視線に、なぜか少し居心地の悪さを感じる。
宝箱のあった行き止まりを引き返し、別の通路を進む。
「なあ、グレイ。あんた、このダンジョンに詳しいみたいだけど、どこまで潜ったことあるんだ?」
「……お前には関係ない」
「ちぇっ。ケチだな」
「それより、気を引き締めろ。この先、少し空気が違う」
グレイの言う通り、通路を満たす空気が、それまでとは明らかに異なっていた。まとわりつくような湿度が上がり、甘い花の蜜のような、それでいてどこか腐臭の混じった匂いが漂ってくる。
「なんだ、この匂い……」
「ミナトさん、これ……」
リリアの顔が、さっと青ざめた。
「……アルラウネの縄張りだ」
グレイが、苦々しげに呟く。
「アルラウネ?」
「植物型のモンスターだ。甘い香りで獲物をおびき寄せ、養分にする。面倒なことになるぞ」
グレイが大剣の柄に手をかけたその時だった。通路の奥からか細い声が聞こえてきた。
「た、助けて……!」
それは、若い女性の助けを求める声だった。




