今度、機会があったら
「藍ちゃん、春姫〜、私プールも行きたいし、花火もしたいなぁ。夏休みってあっという間に終わっちゃうからさ、予定いっぱい詰めないとね。」
普段は緩く過ごすのが良いと言うのに、今日は珍しくすごく活動的なことを言うあかりん。
梅雨は明けて、夏休みはもう少し。
だけどその前に、学生達には試練がある。
「あかりん、現実逃避してないで一問でも解きなさい。」
藍ちゃんにビシッと言われて、頬杖をついてぽやんとしていたあかりんは崩れ落ちた。
ちょっと可哀想だけど、あかりん面白い。
藍ちゃんは部活もだけど勉強も真面目にやるタイプで、文武両道という言葉が似合う。
あかりんは部活も勉強も緩くやるスタンスで、本人曰くほどほどで良いのだそうだ。
私もどちらかというとあかりん寄りだけど、勉強はできることに越したことはないと思っている。
まだちょっと早い話だけど、勉強ができれば大学の選択肢が広がるし、やりたいことを叶えるための一番単純で大切な手段だと思うのだ。
だから、少しでも良い点を取れるように頑張りたい。
私は今日は図書委員会の当番で、係りの仕事をしつつ勉強している。あかりんも藍ちゃんも、静かな図書室に勉強しにきた。
聞こえるのは、たまに友達同士で話し合う声と、換気のために少し開けられた窓の外から聞こえる音だけだ。窓からは、外で活動する運動部の声がかすかに聞こえてくる。
悠真も夏には大会が控えているので、勉強もしないといけないが部活も頑張らなければいけない。二つのことを同時に頑張っているのに、成績を落とさないのはすごいと思う。
体を伸ばしがてら図書室を見渡せば、やっぱりテスト前はいつもより人が多い。家に帰ったり、一人でいると怠けちゃうけど、こういう所に来れば自然と勉強を続けられるという人も多いのだ。
周りのみんなを見て、私も頑張らなきゃと次の問題に取り組んだ。
しばらくして、受付カウンターの前に人が立ったことに気がついた。
仕事、仕事…と思いそちらに顔を向けると、なんと、そこにいたのは夏見くんだった。
「な、つみくん…。」
驚いて大きな声を出しそうだったが、かろうじて抑えた。
夏見くんはそんな私をチラリと見ると、借りたい本を手渡した。
慌てて受け取って、日本史と世界史の資料集を確認し図書カードに記入する。
そうだ、お礼言わなきゃと思って、思い切って話しかけた。
「今更だけど、マラソン大会の時はありがとうね。助かりました。」
「いや、別に…。大したことしてませんから。」
相変わらずぶっきらぼうだ。でも、ちょっと動揺したように視線をずらしたことに気付いて、可愛いとこあるなと思う。
「カード書けたよ。勉強用かな?頑張ってね。」
「これは息抜き用です。」
本を手渡しながら頑張ってと言うと、息抜き用だと言われる。その意味がよく理解できず首を傾げた。
「こういう資料集って文化物の写真が多いから、息抜きに眺めてるんです。」
「へえ、なるほどね。さすが美術部だ…。」
仏像とか、彫刻とか、そういう文化的なものを見て息抜きしてるんだ。私には無い発想で驚かされる。
テスト前じゃなかったら、本物を見に美術館に行くのかな。芸術的な作品を見て、自分の作品のインスピレーションにしてるのかな…。
「夏見くんの絵、見てみたいな…。」
心の声がポロッと口から出てしまって、慌てて口に手をあてる。嫌な気持ちにさせてしまったらどうしようと焦る。
おそるおそる夏見くんを見ると、驚いたように私を見ていた。
しかし目が合うと、逸らされる。
「…今度、機会があったら。」
「えっ、本当に?」
社交辞令かもしれないけど、良い返事をもらえるなんて思っていなかった。
聞き返すと、私の言葉に小さくコクリと頷いて、そのまま図書室を出て行った。
偶然性出会えたことと、絵を見たいと言っても拒絶されなかったことが嬉しくて、そのままぼーっとしていると、腕をくいっと引かれた。
「春姫!ちょっとお話ししよ!」
藍ちゃんが私の腕を引きながら、小声でそう言った。後ろのあかりんもニマニマしている。
仕事があるので図書室から離れられないから、椅子に座りヒソヒソ声で話す。
「あれが夏見くんね!改めて見たら結構かっこいいじゃない!」
さっきまで真面目に問題を解いていたのが嘘のように、いつもの恋バナ好きな藍ちゃんに戻っている。
「びっくりしたけど会えて良かった。改めてお礼も言えたよ。」
「いいねいいね!他には何か話した?」
「あんまり話せなかったけど、…夏見くんの絵を今度機会があったら見せてくれるって言ってた。」
「なにそれ、素敵!」
小声だけど興奮を抑えきれない藍ちゃんは、手を胸元で組んでキラキラした目をしている。一緒に恋愛ドラマを見た時もこんな表情をしていた。
「え、それすごいじゃん。」
黙って私達の話を聞いていたあかりんがそう呟いた。
「夏見くんツンツンしててなかなか心開かないのに。私なんか部活の先輩なのに、春姫に先越されたぞ。」
「ショックー。」と言って机にだらんと倒れる。
でも、すぐにふわぁとあくびをして、口で言うほどショックを受けているようには見えない。
あかりんの話からすると、少しは私に心を開いてくれているみたいで嬉しい。彼の見た目も相まって、懐かない黒猫が少し歩み寄ってくれた、みたいな。
今度、機会があったら。
夏見くんの絵を見せてもらえるのが楽しみだ。