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噂話はすぐ広まる


制服に着替えて髪の毛をブローする。

今日は最後に体育があるから髪をまとめておこうと思って、ポニーテールにした。崩れないようにヘアスプレーもかけて満足な出来に頷くと、鏡の向こうの私もむふふと笑っている。


リビングに行ってお母さんからお弁当を受け取ると、悠真の分も渡される。悠真のお母さんが夜勤の時は、悠真の分も用意してくれるのだ。


行ってきますを言って一人で学校へ向かう。だいたいは悠真と一緒に登校するのだけど、今日は悠真は朝練なので一人寂しく登校だ。



でも、今日は朝からよく晴れていて気持ちが良い。

風はまだ少し冷たいけれど、昼間はきっとぽかぼか陽気になるだろう。


ああ、そうだ。とメッセージアプリを開く。

『お弁当届けに行くね』と入力して送信する。朝練終わりにメッセージに気付いてくれるだろう。







学校に到着して、悠真のクラスへ来た。

開けっぱなしの扉から教室の中を覗くが、そこにはまだ悠真の姿はない。

スマホでメッセージアプリを確認しても、返信はまだない。


どうしようかなと思いつつ廊下の窓際にもたれかかる。残念ながら今年も悠真とは同じクラスにならなかった。同じクラスだったら、こういう時便利だったなと思う。


よく知らない人達がジロジロ見てくるから、なんとなく嫌でスマホを見てやり過ごしていた。



「あれ、春姫ちゃんじゃん。」


「あ、宮田くん。」



悠真のクラスメイトで同じサッカー部の宮田(あつし)くんだ。宮田くんも朝練だったはずだけど、その後ろに悠真の姿はない。



「悠真は一緒じゃないの?そろそろ来るかな?」


「あー、どうだろ。もう少しかかるかなぁ。」



なんだか歯切れが悪い返答だ。

来るまで待っていてあげたいけど、ちらちら向けられる目線に疲れてきちゃったから、お弁当は宮田くんに託すことにした。



「宮田くん悪いけど、これ悠真に渡しておいてくれないかな。」


「え?いいけど…。でも春姫ちゃんから直接もらった方が喜ぶと思うよ?」


「うーん。じゃあ今回だけ、次からは直接渡すから。」



誰から渡されても、中身は私のお母さんの愛情弁当だからおいしさは変わらないと思うけど。


次はスムーズに渡せるように、ちゃんと返信が来てから渡しに行こう。


宮田くんにお弁当を託して、やっと自分の教室に向かった。





……………



悠真め、うらやましいやつだ。

手渡されたお弁当を見てそう思う。


このお弁当が春姫ちゃんのお母さんが作ったものだとは知っているが、わざわざ届けてくれる健気な幼馴染がうらやましい。それも、あんなに可愛い幼馴染が。



「宮田、お前…!桜井さんからお弁当貰ったのか!?」


「え?いやこれは…。」



悠真のお弁当、と言う前に、わらわらと遠巻きに見ていた連中が集まってきた。



「宮田が桜井さんからお弁当貰ったって!」


「まじ?お前どういうつもりだよ!」


「宮田裏切ったのか!」



人の話も聞かずにやんややんやと好き放題言われる。こいつら話聞かねえ!


教室の中に友達を見つけたが、ケラケラ笑うばかりで助ける気はないみたいだ。





「何これ?敦なんかしたの?」



そこへ、俺がこんなことになっている元凶がやってきた。きょとんと、俺と俺を取り巻く男子を見ている。



「悠真!これ!春姫ちゃんから!」



なんとかそこから抜け出して、お弁当を悠真の目の前に突き出す。


悠真は受け取ると、少し口を尖らせて「ありがとう。」とだけ言って教室に入って行ってしまった。


俺を助けずに、だ。


もう、ことの真相は分かったはずなのに、それでも俺に絡むのをやめないこいつらは何なんだ。きっとあれだ、俺が春姫ちゃんと話してたのが羨ましかっただけなんだろう。

そんなことで俺に当たらないでほしい。


悠真も悠真で、可哀想なことになってる俺を助けてくれても良いじゃないか!


お弁当は渡したし、それに、悠真がなかなか教室に来なかった理由を俺は春姫ちゃんに言わないであげたんだ。


朝練の後、悠真は後輩の女の子に呼び止められていて、その子の様子は明らかに告白しにきましたという感じだった。

気を利かせた俺はその場を離れて、春姫ちゃんが気にするといけないと思って黙ってたのに。


そう思ったが、きっとあいつなりに拗ねてるんだ。春姫ちゃんから直接お弁当貰えなかったことを。


でもそれは俺のせいではない。かと言って誰のせいかと言われると…。

ぐうう、俺はこの不満をどこにぶつければ良いんだ。


結局、予鈴が鳴るまで俺は解放されることはなかった。





……………



体育は好きだけど、やっぱり種目による。

今日はただいっぱい走るだけで、最初は楽しかったけど疲れてしまった。


うちの高校は5月くらいにマラソン大会があるので、今日はその練習だそうだ。最後は、同じくらい体力がないあかりんと後ろをだらだら走った。

そんな私達に比べて藍ちゃんは他の運動部の子達と競うように走っていて、尊敬の眼差しをむけてしまった。



ガコンと音を立ててペットボトルが出てくる。

頑張った自分を甘やかそうと、自動販売機で甘いジュースを買ったのだ。


一口飲むと冷たくて甘くて、疲れた身体に染み渡る。

あかりんと一緒においしいねぇと飲んでいると、スマホのバイブが振動したことに気付いた。

手に取って見ると、部活に行ったはずの藍ちゃんからメッセージが届いている。



『春姫、三組の悠真くんじゃない男子にお弁当渡してたって本当?』



それは本当だ。宮田くんに、悠真へのお弁当を渡してくれるように頼んだ。

そう返すと、すぐに『やっぱり本当は悠真くんへのお弁当だよね。』と返信が来た。そして、その後に送られてきたメッセージに「え。」と固まってしまう。



『でも、春姫とその男子が付き合ってるのかって噂になってるよ。』



様子がおかしい私を見て、あかりんがスマホの画面を覗き込んだ。



「あらー。バレー部で噂になってるんだね。ということは他にも広まってそう。」


「えー…、やっぱりそう思う?」



なんだかめんどくさいことになっているみたいだ。

それは事実じゃないって言っておいてと返信する。とりあえずバレー部の誤解は藍ちゃんに解いてもらおう。三組とサッカー部の誤解は宮田くんが解いてくれるはず。…宮田くん、巻き込んでごめん。

その他の誤解もそのうち解けるだろうけど…。こういう好きとか嫌いとかの人間関係は難しい。


憂鬱だなあと思いながら教室に帰り、帰るために鞄に荷物を詰めていると、不意に教室の外が騒がしくなった。主に女の子の声が聞こえてくる。



「?何だろう。あかりん帰ろっか。」


「あー。私やっぱりちょっと部室寄って行こうかな。」


「え?そうなの?」



ゆるく部活に取り組んでいるあかりんは今日も帰ると言っていたけれど、気が変わったみたい。彼女の気分屋なところも嫌いじゃないけど、なんだか曖昧に笑っているのが気になる。



「じゃあまた明日〜。」


「うん。またね、あかりん。」



教室の出入り口で別方向に分かれると、すぐに女の子達がいっぱいいることに気付いた。

そして、その中心には背の高い男の子がいて、向こうも私に気がついた。



「春姫!よかったまだ帰ってなくて。」


「悠真。」



女の子達に「じゃあごめん、帰るから。」と言って話の中心から抜け出してきた。



「えー、秋月くん帰っちゃうの?」


「ちょっと遊んで行こうよ〜!」



女の子達は口を尖らせて不満そうに悠真に言う。そして、その子達の視線は私に向けられた。



「あ、桜井さんじゃん!ねえねえあれ本当なの?三組の宮田と付き合ってるって噂!」



うわぁ、本当にみんなに広まってるんだ。

これは宮田くんに悪いことしてるな…。


えー、この状況で本人に聞くー?

いいじゃん気になるんだもん。と、女の子達は盛り上がっている。



「付き合ってないよ。宮田くんが可哀想だから、周りの誤解を解いてくれると嬉しいんだけど…。」


「えー?本当に?…でもさ、宮田と付き合ってたとしてこの状況で本当のこと言えなくない?」


「たしかに!二股みたいになっちゃうもんね。」



…二股って、何よ。


悠真と宮田くんとのこと言ってるの?


信じられないという思いで女の子達を見つめる。そんな品の無いことを勝手に推測して、それを本人へ言う?ましてや、勝手に巻き込まれてる悠真の前で言うの?


ショックでどうしたらいいかわからない。でも、何か言わなくちゃと思っている私よりも、悠真の方が先に口を開いた。



「やめてよ、そういう酷いこと言うの。春姫と敦は付き合ってない。噂の発端のお弁当は、俺の分を春姫が敦に預けただけ。偏った見方をした人が噂を広げただけだから。」



きっぱりと否定されて、女の子達は何も言わなくなった。いつもふわふわ優しい笑顔の悠真が、真剣な顔で言うからびっくりしたのもあるんだと思う。

…私も、悠真がこんなに真剣に言ってくれるとは思わなかった。



「帰ろっか。」



軽く背中を押されて歩き出した。










学校を出て、しばらく無言で歩いていたけれど、やがて悠真が声をかけてきた。



「春姫、大丈夫?」


「ん、大丈夫。…ありがとう、助けてくれて。」


「そんなことないよ、俺としても誤解は解いておきたかったから。」



しばらくは変な噂を聞くかもしれないけれど、こればかりは時間が解決するのを待つしかないだろう。


私はあの女の子達が怖かった。人を傷つけるかもしれないなんて考えずに、思ったことをそのままぶつけるのは無神経だと思う。

…もしかしたら、本当に私を傷つけたいという思惑があったのかもしれないけれど。


落ち込むけど、ふと宮田くんのことが頭に浮かぶ。巻き込まれて可哀想なのは宮田くんだ。一言謝っておかなければ。



「ねえ悠真、宮田くんの連絡先教えてくれない?」


「えっ、…なんで?」



快くOKしてくれるかと思ったけど、ちょっと渋られた。めずらしい。



「巻き込んじゃったの謝っておきたくて。だけど教室まで会いに行ったらまた変なこと言われるかもしれないし…。連絡先が分かればそんなの気にしないでいいでしょ?」


「…そう、だね。」



…?

スマホを取り出して待つが、悠真は一向にスマホを取り出さない。目線をずらして、何か考えている様子だ。



「悠真?」



様子が変で名前を呼ぶと、ハッとしたように私を見た。その顔は、いつもの悠真だ。



「大丈夫だよ春姫。敦には俺から謝っておくから。」


「え?そんなわけにはいかないよ。私からも一言…。」


「大丈夫だって。それにあいつ、噂とか気にするタイプじゃないから。」


「…そう?」



なぜだか一歩も引かない悠真。

そんなに言うなら、無理に連絡先を聞き出すことはできない。

悠真から伝えてもらって、宮田くんには今度会った時に謝ればいいかと思い直した。


そうこうしているうちに、家に着いた。

今日は帰りが早いのでまだ誰も家にいない。



「じゃあ春姫、お母さんにお弁当ありがとうございましたって言っておいてね。」


「うん、わかった。…悠真、うちに上がってく?」


「いや…ううん、ちょっとやることあるから。」



せっかくだから遊ぼうと思って声をかけたが、断られてしまった。

しかたなく、悠真が自分の家に入るのを、手を振って見送った。





……………



メッセージアプリで、敦とのチャットを開く。

巻き込んで悪かった、春姫もごめんて言ってたと打ち込む。

すると、すぐにメッセージが見られて、返信が来た。



『俺は大丈夫!むしろ、春姫ちゃんと付き合ってるって思われて得してる。』



ふざけた内容が返ってきてむかつく。

敦、絶対に分かっててこんな内容送ってきてる。

俺が朝、敦を人混みの中から助けなかったこと根に持ってるだろうし。


適当にスタンプを送って終わらそうとしたが、また続けてメッセージが送られてきた。



『春姫ちゃんの連絡先教えてよ!これを機に仲良くなる!』



「お願い」と書かれたキャラのスタンプも送られてきた。わざわざ目を潤ませた可愛いキャラを送ってきてるところもむかつく。

俺が承諾するわけないことを分かっててやってるのだ。


今度こそ、適当なスタンプを送って会話を終了させた。


春姫は敦に悪いと言っていたけれど、全く気にしなくていい。噂を気にしないやつなのは本当だし、それに今回は敦もまんざらでもない感じを出していた。

俺がどう思うかを知ってるのに、あいつは楽しんでいた。


それよりも俺は、思ったより噂が広まっていることに焦った。春姫が今日みたいに、周りに変なことを言われないか心配だ。

人の興味は次から次に移るものだし、早くくだらない噂話がなくなればいいんだけど。





…………………………




「えー!ごめん、そんなことになるなんて思わなかったよ。」



噂話が広まった翌日、あかりんに「昨日は秋月くんと帰れたのかな?」とニヤニヤしながら聞かれた。

突然部室に行くと言い出したのはそういう訳かと納得した。そして、帰る間際のショックだった出来事を話したら、あわあわと謝られたのだ。



「謝らなくて大丈夫だよ、あかりんは関係ないことだし。」


「でもひどいね、本人達に向かってそういうこと言うなんてさぁ。」


「本当だよ。うちの部のみんなは本当のこと知ってるから、そのうち噂は消えると思うけど。」



藍ちゃんは同じ部活のみんなの誤解を解いてくれたみたいだ。本当のことを知っている人が増えれば、噂もどんどん消えていくだろう。



「春姫は可愛いからな〜、嫉妬されちゃうんだろうな。」


「え、あかりんが可愛いって言ってくれたよ。」



あまり人の容姿をどうこう言わないあかりんに可愛いと言われて動揺する。そのまま藍ちゃんを見れば、「春姫は可愛いぞ〜。」と頭をわしわしと撫でられる。もしかして私、二人から犬か猫みたいに思われてる…?


乱れた髪を直してくれながら、藍ちゃんが言う。



「もうさ、春姫彼氏作ったら?そしたら色んなところで噂立てられることなくない?」


「それはそう、かな…?」



たしかに、特定の相手ができれば、関係ない人を巻き込んで噂になることはないかも。

でも…。



「好きな人って、どうやったらできるのかな?」


「あー…、春姫ったらそういうことに疎いんだから。」



真面目に聞いているのに、あかりんはケラケラと笑っている。


だって、本当に分からないんだもの。

映画やテレビに映る俳優さんを見てかっこいいなとか、アイドルを見て素敵だなとは思うけど、私の場合それは憧れであって恋愛感情ではない。



「じゃあ今こそ、よ。秋月くんはどう?」



キラキラした瞳で悠真の名前を挙げる藍ちゃんは、どう見ても面白がっているように見える。


だから、悠真はそんなんじゃないんだってばと口を尖らせると、「ごめんごめん。」と笑いながら謝られる。



「家族にしか見えないんでしょ?でもさ、それって家族としてしか見てないからじゃない?とりあえず一回、そう言う目で…恋愛の目で秋月くんを見てみたら?」


「恋愛の目で…?」


「そう。いい?今は幼馴染だということは忘れて。秋月くんは違うクラスの男の子。サッカー部で活躍してて勉強もできる。誰にでも優しくて友達も多くて…、そしてなんといってもイケメン!」



拳を握りしめて力強く語る藍ちゃんは面白い。

でも、藍ちゃんの言う通り客観的に見ると…。



「…悠真ってば結構、モテるんじゃない…?」


「いや今更?」



新しい視点での悠真が見えた気がしたのに、藍ちゃんには呆れられてしまった。あかりんはケラケラ笑ってるし。



「まずは春姫を藍ちゃんみたいな恋愛脳にする必要があるかもね〜。」


「べつに恋愛脳じゃないし。でもそういうことかも。ますば恋愛自体に興味を持たなきゃね。」



うんうん、と頷きあう二人により、その後しばらく恋愛漫画や恋愛ドラマ漬けの毎日を送ることになったのだった。




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