この想いは本物だ
急いでいた足を止めて呼吸を整える。じんわり滲んだ額の汗を拭って、一つ深呼吸する。
そこの角を曲がればもう家が見える。
家に帰るだけの道のはずなのに、今はこんなにも緊張している。
角を曲がって少し歩けば、私達の家の中間に、悠真が立っているのが見えた。
「悠真!」
声をかけると、こちらを見た。
そばに駆け寄って、悠真の顔を見上げる。
「待たせてごめんね、急いで来たんだけど。」
「ううん、大丈夫だよ。いつまででも待つつもりだったから。」
悠真はそう言って優しく微笑んだ。
その表情に、声に、安心する。
私がずっとそばで見てきた……大好きな、悠真だ。
やっと気付けた自分の気持ちが嬉しくて、新鮮で、じっと悠真を見てしまう。すると、悠真は困ったように頬を掻いた。
「どうしたの?そんなに見つめて。」
「ううん、何でもないの。ただ、悠真が好きだなって思って。」
「えっ…?」
悠真の顔が驚きに染まる。
そして、徐々に顔が赤くなった。
そんな悠真をかわいいなと思いながら、私の気持ちを伝えた。
「私、悠真のことが好き。自分の気持ちに気がつくまで時間がかかっちゃったけど、これから先もずっと、私は悠真の隣にいたい。」
「…告白の返事っていうより、もう、プロポーズみたいだよ。」
悠真は赤くなった顔で優しく笑う。
たしかに、よく考えるとプロポーズみたいな言葉を言ってしまった。
でも、いいんだ。
だって私の素直な気持ちなんだから。
すると、悠真がそっと私の頬に手を添えた。
その手は熱くて、少し震えている。
「俺も、ずっと春姫の隣にいたい。今まで春姫を一番近くで見てきたけど、これからも一番近くにいさせてください。」
「うん…!こちらこそ、お願いします。」
ずっと隣にいるから、ずっと隣にいて。
夕日に染まる空の下、私達は幼馴染から恋人になった。
…………………………
約1ヶ月の夏休みが終わり、みんな昨日までの夏の楽しさを引きずりながら学校が始まった。
この夏の間に真っ黒に日焼けした人や、いつの間にかピアスを開けた人、髪の毛をばっさり切った人…。
長いようで短いこの休み間に、みんないろんなことがあったみたいだ。
「春姫〜!」
名前を呼ばれてそちらを見ると、あかりんと藍ちゃんが駆け寄ってきた。私の近くに椅子を引っ張ってきて座る。
「春姫ったらついに!」
「やっとくっついたのね!」
周りの目もあるから小声で話してくれるけれど、二人の目はキラキラしていて興奮を隠しきれていない。
「うん。相談に乗ってくれてありがとうね。」
悠真に返事をした翌日、あかりん達にはメッセージアプリを通して報告した。
だけど、こうして直接会って言うと少し照れる。
「赤くなっちゃってかわいい〜!」
「そっかそっか、良かったよ。いつ付き合うんだろうってもどかしかったんだから。」
藍ちゃんの言葉にあかりんも頷く。
私はそんなに二人を心配させていたらしい。
「でもさ。」と言ってあかりんが顔を寄せる。内緒話をするくらい声のボリュームも落とした。
「秋月くんと付き合ったってことは、夏見くんへの感情に折り合いをつけたってことでしょ?どういうきっかけでそうなったの?」
あの時の図書館での出来事を思い出す。
私を好きだって言ってくれた夏見くん。その想いには応えられなかったけど、大切なことに気付かせてくれた。
「町の図書館で夏見くんにばったり会って、その時に告白されたの。そしたら頭の中に悠真が浮かんで…一番大切なのは悠真だって気付いたの。」
そう答えると、あかりんは「おお〜!」と歓声を上げ、藍ちゃんは自分を抱きしめて悶えている。
そんな二人の反応に私までくすぐったい気持ちになる。
すると、クラスメイトの女の子に声をかけられた。
「春姫ちゃん、教室の外に人が来てるよ。」
「え?何だろう。」
もしかして悠真?と思ったけれど、扉の方からこちらを見ていたのは知らない人だ。
「新学期始まって早々か〜。堂々と振ってくるといいよ。」
あかりんがバッサリ切り捨てるように言うから苦笑いする。
あの人の気持ちは聞くけれど、勿論断るつもりだ。
二人に「行ってくるね。」と言って席を立った。
教室を出て、私を呼んだ人を見ると、やっぱり知らない人だ。ついてきて欲しいと言われて後に続くと、周りからは冷やかしの声が飛ぶ。
人気のないところに行くのかと思っていたけれど、止まったのは階段の踊り場だ。
教室付近よりは人がいないけれど、こちらを気にする人はちらほらいる。
くるりとこちらを向いたその人は、緊張しているのだろう、顔が赤い。
相手に想いを伝えることは勇気がいることなのだと最近知った。
だから、彼の言葉をちゃんと聞こうと姿勢を正す。
「俺、2組の原田。知ってるかな…?桜井さんのことずっとかわいいなって思ってて、…よかったら俺と付き合ってください。」
緊張で震える声で言葉が紡がれた。
一呼吸置いて、返答する。
「ありがとう。でも私、付き合ってる人がいるの。だから原田くんとお付き合いはできません。」
「えっ!?…まだフリーだって聞いて…。もしかして、相手って…。」
そこまで言って、原田くんはハッと私の後ろを見る。
ふわりと嗅ぎ慣れた匂いがして、肩にポンッと手が乗せられた。
「もちろん、俺。」
「!…悠真。」
急に現れてビックリする。
それに、こんな人の前で付き合ってることを公言したことも。
私からは見えないけれど、後ろの教室の方で「きゃー!」と黄色い声が上がっている。
…これは、すぐにみんなに広まってしまうだろう。
「なんだ、俺、チャンスあると思って…。そういうことなら…お幸せに…。」
原田くんはチラリと私を見ると、肩を落としてそのまま自分の教室の方へ歩いて行った。
その姿を目で追いかけると、原田くんの友達らしき人達が彼の肩を叩いているのが見えた。
「春姫ごめん、これでみんなに伝わっちゃうと思う。でも、春姫が告白されてるって聞いて居ても立っても居られなくて。」
眉を下げて謝る悠真は、怒られたくない大型犬のようでかわいい。
「ううん、大丈夫。来てくれてありがとう。」
「うん…。でも、これで春姫が俺のものだってみんな分れば、少し安心かな。」
"俺のもの"
その言葉に頬が熱をもつ。
悠真は付き合ってから、こうしてストレートな言葉を使うようになった。
今までとのギャップに戸惑うけれど、嬉しい。
その時、予鈴が鳴った。
みんなに冷やかされそうで教室の方に戻るのはちょっと嫌だけど、仕方がない。
でも、さっき悠真が言っていたように、悠真は私のものだぞって伝わるのは悪いことばかりじゃない。
「私も、悠真が私のものだってみんな知れば安心。…こらからも、よろしくね。」
「!…それはちょっとずるいよ。」
私も悠真と同じことを言っただけなのに、顔を赤くして照れている。
やっぱり悠真はかわいいなと思いつつ、「ほら、戻ろう!」と、その背中を押す。
二人で教室の方へと向かう途中、ふと窓の外を見た。
「あっ…。」
中庭を挟んで向こう側の棟…その窓からこちらを見ていたのは、夏見くんだった。
今の、見ていたかな?
夏見くん傷ついてないかな?
…想いに応えられなかった私が心配するのは、傲慢かもしれないけれど。
身勝手だと思いながらも不安な気持ちが浮かんだが…、夏見くんは、その口元に穏やかな笑みを浮かべた。
そしてゆっくり手を挙げると、私に向かってヒラヒラと手を振った。
…それは、彼の"またね"の仕草だった。
「春姫?どうかした?」
「…ううん、何でもない。…ほら、早く戻らなくちゃ!」
再び悠真の背中を押す。
チラリと窓の外を見ると、夏見くんは背中を向けて向こう側へ歩いていた。
背中を押すのをやめて、悠真の隣を歩く。
悠真の顔を見ると、優しく微笑んでくれた。
私は今までも、これからも、悠真の隣を歩くんだ。
同じ未来を二人で見ていこう。
まだまだ青い私達だけど、この想いは本物だ。