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好きになってくれてありがとう



花火大会の二日後、藍ちゃんとあかりんからメッセージが送られてきた。



『どうだった?秋月くんの気持ち少しは分かった?』


『何か進展はありましたか〜?』



何て返信しようと悩む。

悠真の気持ちは少しどころじゃないほど分かった。

はっきり好きだって告白されたのだから。


想いを告げられた後、私は心ここに在らずの状態で花火を見た。でも、帰る時にはもういつも通りの悠真だった。

他愛無い話をして、じゃあまたねと家の前で別れた。


あまりにもいつも通りだったから、あの一瞬は夢だったんじゃないかと思ったほどだ。

だけど、鮮明に思い出せるあの時の悠真の表情に、あれは現実だったんだと思い知らされる。



返信に悩んでいるうちにスマホの自動ロックがかかる。真っ暗になった画面には、困った顔の私が映っていた。






藍ちゃん達への返事を保留にして、家を出た。

一日の暑さのピークの時間は過ぎたけれど、まだ蒸し暑さが体を包む。


家にいてもぐるぐると同じことを考えてしまう。


悠真は"俺のこと考えて"と言ったけれど、その言葉の通り、悠真のことばかりが頭に浮かんで落ち着かない気持ちになる。


悠真は私のことを好きだと言ってくれた。


私も、悠真のことは大切に思っている。

そして悠真に対して、ドキドキと胸が高鳴るような、今までとは違う感情を抱いている。



…だけどドキドキするのは、夏見くんに対しても同じだ。


あかりん達は、迷うのは当然で、二人にちゃんと向き合っていることなんだって言ってくれたけど…。

こんなに感情が揺れているどっちつかずな状態で、悠真に返事をするのは失礼なんじゃないかと思う。


悠真に対するドキドキと、夏見くんに対するドキドキの違いは、なんだろう。




出掛けたけれど特に予定は決めていなかった。

なんとなく歩いていると町の図書館の近くに来たので、涼を求めて中に入る。

冷房が効いたひんやりとした空気のおかげで汗が引く。

ぐるりと見渡すと、利用者はそれほどいないみたいだ。



私も何か読もうと、おすすめとして陳列されているもののうち一冊を手に取った。

辺りを見渡して、空いている奥の席を見つけて座り本を開く。


小さい頃から本が好きだった。

絵本を読んでと何度もお母さん達にお願いした記憶がある。

一人で読めるようになってからは、活字を目で追っていくうちに、頭の中でいろいろな世界や人生を体験できることに魅力を感じるようになった。

感動で泣いたり、元気がもらえたり、得られるものはたくさんある。


半分ほど読み終わったキリの良いところで、少し休憩しようと手を止める。

今の私の目的は気分転換だったけれど、本を読んでいる間はやっぱり気が紛れた。


ふうっと一息ついてなんとなく窓の方を見ると、あることに気が付いて思わず声が出る。



「…あっ。」



窓に近い席に、夏見くんが座っていたのだ。



机の上には本が数冊置いてあって、真面目な顔でパラパラとページを捲っている。


どうしてこんなところに。

そう思ったけれど、花火大会に中学の友達と来たって言ってたから、この図書館に来ても不思議じゃないのかと思い直す。


でも、学校でもないのにばったり会うなんてすごい確率だ。


声をかけるべきかなと迷っていると、ふいにこちらを見た夏見くんとバッチリ目が合った。


私も驚いたけど、夏見くんも驚いたようで、目をまん丸にして私を見た。


目が合っちゃった、どうしようと内心アワアワしていると、本をまとめて手に持った夏見くんが私のいる席へと近付いてきた。



「ここ、いいですか。」


「あ、…もちろん、です。」



言い方で私が緊張しているのはまる分かりだろう。夏見くんは小さく笑うと椅子を引いて私の隣に座った。


私はその一連の行動にちょっとびっくりする。

無愛想だった夏見くんが、自分から近付いてくるなんて思わなかったから。



「夏見くんてさ、猫っぽいって言われない?」


「は?猫?」



脈絡のない私の言葉に、彼は心底不思議そうな顔をする。


猫が懐いてくれて、いつのまにか傍に来るようになった、みたいな。

初めて会った時と比べて、ずいぶん心を開いてくれるようになったなと感慨深い。



「…まあ、犬ではないな。誰にでも尻尾振るわけじゃないし。」



私は思ったことを言ってしまっただけだけど、夏見くんは案外ちゃんと考えて返答してくれた。

それがなんだか可愛く見えて、ふふふと笑ってしまう。


そんな私に、「自分から話振っておいて…。」と不満そうにしたが、すぐに表情を戻した。



「今日は一人ですか?」


「うん、散歩がてら来てみたの。…私だっていつも悠真と一緒なわけじゃないよ。」



夏見くんが聞きたいのは悠真と一緒がどうかだろう。そう思って返答を付け加えた。


花火大会で会った時、彼は何も言わなかったけれど私が持つ二瓶のラムネをチラリと見た。

今日は、私の座る場所に他の人を推測させるような荷物や本がないことを確認してから近付いてきた。


夏見くんは他の人を気にしていないように見えて、本当は注意深く周りを見ている。



「ふーん。…花火大会の時、秋月先輩と何かありましたか?」


「えっ?…どうして?」



突然の話題に今度は私が驚かされる。

それはちょうど、私の頭を悩ませていたことだ。

どうして夏見くんはいきなりそんな話題を…?



「あの時俺、失敗したなと思って。秋月先輩を煽ったから、良くない方に焚き付けたかもしれない。……その反応だと、本当に何かあったんですね。」



その反応というのは、あの時のことを思い出して熱を持った私の頬を言っているのだろう。



「…好きだって、言われたの。」



こんなのもう、隠していても意味がない。

感情に素直に従う身体の変化がうらめしい。


すると、夏見くんは大きくため息を吐いた。



「やっぱり失敗した。あの人は決定的なこと言えないだろってたかをくくってた。…それで、付き合うことになったんですか。」


「付き合ってないよ。まだ、返事してない…。」


「なんで?」


「なんで、って…。」



悩みの種は夏見くんもだよ。

二人の間で揺れているこの気持ちのままでは、まだ答えが出せない。

…なんて、言えるわけない。



「もしかして、俺も春姫先輩の心の中にいるの?」


「…!」



図星すぎる言葉だ。

まっすぐに私を見つめる目は私の心の中をも見ようとしているようで、たまらず視線をはずす。

小さく頷くことで、夏見くんの言葉を肯定した。



「…先輩、こっち見て。」



黙って下を向く私を夏見くんが呼ぶ。

低くて優しい声に促されて彼を見ると、やっぱり真っ直ぐに私を見つめていた。



「もう分かってると思うけど、俺、春姫先輩のことが好きです。」


「…っ!」



真剣な眼差しに息を呑む。


好意を匂わせるような言動ばかりされてきたけれど、こうして好きだとはっきり言われたのは初めてだ。



「わたし…。」



悠真からも、夏見くんからも好きだと言われて、二人の気持ちは本当に嬉しい。

こんなに胸がドキドキするのも苦しくなるのも、今まで経験したことなかった。


でも私、どうしたらいいの。


その人のことを大切に想ったり、苦しくなるくらい胸がドキドキすることはきっと恋なんだと思う。


だとしたら私、二人に恋してることになるの…?

一度に二人を好きになるなんて、そんな我儘で自分勝手なことがあっていいの?



「…私って最低。」


「え?」



苦しさをそのまま言葉として吐き出す。



「私、悠真のことが大切だよ。でも、夏見くんのことも素敵だなって思うの。…私、こんなに自分勝手で我儘な人だったんだなって…。どうしたらいいか分からないよ。」


「…春姫先輩…。」



こんなこと、夏見くんに言うことじゃないのに。


苦しくて思わず口にしてしまったことを後悔して、「ごめん、なんでもないの。」と笑って誤魔化そうとした。

でも、私が口を開く前に、夏見くんが言った。



「じゃあ、試しに俺と付き合ってみましょう。」


「え?」



…試しに付き合う?



「そう。それで合わなかったら別れる。春姫先輩は秋月先輩のところに行く。どうですか?」


「どうって、…そんな、気持ちが固まってないのにお付き合いするのって…。」


「俺は気にしないですけどね。付き合ってから好きになるパターンもあるでしょ。お試しで付き合ってる間に、春姫先輩にもっと俺のこと好きになってもらえるよう頑張ればいいし。…秋月先輩のことなんて、考えられないくらい。」



口元に柔らかい笑みを浮かべて、優しく言われる言葉に動揺する。


自分では考えつかなかった内容に混乱しつつ、お試し、と言うけれど、夏見くんと付き合った自分を想像してみる。


彼が見ている世界を映したような、優しく柔らかい絵を思い出す。

心優しい夏見くんは、付き合ってからもきっと優しくしてくれるのだろう。私に対してだんだん心を開いてくれているけれど、もっともっと、私の知らない素敵な夏見くんを見られるかもしれない。



夏見くんと二人で並んで歩いているところを想像した時、…私の頭の中には悠真が浮かんだ。



小さな頃から何をする時も悠真が隣にいた。

そして、漠然と、これから先も一緒にいるような気がしていた。


夏見くんは、悠真が決定的なことを言えないと思ってたと言ったけど、悠真はきっと、私達の関係性が崩れることを危惧していたんだ。

誰といるよりも安心できる心地良い関係性を、自分の一言で壊すかもしれない。

それを覚悟して私に気持ちを伝えてくれたんだ。


悠真の勇気を遅れて理解した。


もし私が夏見くんと付き合ったとして、その時、悠真は?


私の隣に、悠真がいなくてもいいの?

悠真の隣に、私じゃない誰かがいてもいいの?



「悠真…。」


「……俺が目の前にいるのに、秋月先輩のこと考えてるんですね。」



無意識に自分が呟いていた言葉と、夏見くんの暗い声のトーンにハッとする。


夏見くんを見ると、口元は笑っているのに眉は困ったように下げられている。

彼のそんな顔は初めて見た。

笑っているようにも、困っているようにも、…泣いているようにも見える顔。



「夏見くん、ごめん。私は…。」


「だめ、言わないでください。」



言おうとした言葉は夏見くんに遮られる。



「…何も言わなくていいんで、秋月先輩のところに行ってあげてください。」



言葉を遮ったのは、私が何を言うか分かって、その先を聞きたくなかったんだろう。

それでも、私が出した答えを尊重して、悠真のところへ行ってあげてと伝えてくれる。



「…うん、行ってくる。」



荷物をまとめて立ち上がる。

最後に何て声をかけようか迷ったけれど、いつも通りの挨拶にした。



「夏見くん、またね。」


「ん…。」



視線が合うことはなかったけれど、片手を挙げて返事をしてくれた。



ごめん、夏見くん。あなたの想いに応えられなくて。

でも私、自分の心に向き合って答えが出せたよ。

…私を好きになってくれて、ありがとう。








図書館を出て、急いで家に向かう。


途中でメッセージアプリを開いて『話したい。今日会える?』とメッセージを送ると、すぐに『待ってる。』と返信が来た。


逸る心を落ち着けながら道を急ぐ。


悠真、今度は私が想いを伝える番だね。



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