幼馴染は家族みたいなもの
少しずつ空気が暖かくなって桜の時期を迎えた。
先日、入学式が行われ、淡い桃色に祝福されるように新入生達が入ってきた。
真新しい制服はまだ体に馴染んでいなくて、緊張と期待が滲んだ表情を浮かべている。
勉強のこととか、友達のこととか、部活のこととか…。みんな、これから始まる新生活に心を躍らせているのがよく分かる。
私も昨年はそうだったなぁと、窓から初々しい一年生を眺めていた。
「春姫ったら、また一年生見てるの?」
ガタンと隣に椅子を持ってきて座ったのは小川藍だ。バレーボール部の彼女は私なんかよりずっと背が高い。髪は短くしていて涼しげだ。
「藍ちゃんのところは今日はお休みだったよね?」
「うん、今日はオフ。明日からまた新歓頑張らなきゃ。」
この時期は、部活に入っている人はみんな、新しい部員を獲得しようと頑張っている。藍ちゃんも中学でのバレー経験者に声をかけたり、見学に来る一年生の対応をしたり、ほぼ毎日忙しくしている。
「あかりんのとこはそんなに新歓しないんでしょ?」
「うん。うちみたいのは一定の需要があるからね。」
藍ちゃんにのしかかるように外を眺めているのは三原あかりだ。絵を描くことが大好きなあかりんは美術部に入っている。
私、桜井春姫はどの部活にも入っていない…いわば帰宅部だ。だけど図書委員会に入っていて、当番の日はここ図書室で、本の貸出と返却の対応をしている。今はテスト期間でもないから全然人はいないんだけど。
この春、私達は晴れて高校二年生に進級した。
クラス替えというワクワクなイベントはあったけど、三人離れなかったことがなによりホッとした。
新入生に比べ、学年が上がるくらいではこの時期のイベントはそんなものだ。
授業を受けて、部活がある人は部活に励んで…、私達は慣れ親しんだ日常を送っている。そのなかで、私は新入生を眺めて一年前のワクワクを思い出し微笑ましく思っていた。
「おっ、あれは秋月くんじゃない?」
藍ちゃんが指差す方を見れば、そこには新入生数人を引き連れて歩く男子がいた。方向からして、グラウンドに向かっているのだろう。
そして彼らの後ろには、女子が数人固まってついて行っている。
「秋月くん相変わらずだね〜。よっ!モテ男!」
あかりんが茶化すように言って笑っている。
「春姫はさ、幼馴染がモテてどう思うの?」
「うーん。…さすが悠真だなぁとしか。」
私の返事に、藍ちゃんは「それだけなのか。」と不満そうだ。
私達の視線の先にいるのは秋月悠真だ。
サッカー部に所属している二年生で、話の通り女の子によくモテる。
優しくて爽やかで、整った顔をしているものだから、当然好きになってしまう女の子も出てくる。
そんな彼は、私の幼馴染だ。
もともと家が隣で、物心ついた時には既に一緒にいた。そんな私達は意図したわけではないが、小学校から今までずっと一緒の学校に通っている。
「あんなにカッコ良い幼馴染だよ?本当に何も思わないの?」
藍ちゃんてば、最近恋愛漫画にハマってるの知ってるぞ。何でも恋愛に結びつくばかりじゃないんだってば。
「悠真はもう家族みたいな感じなんだよ。お兄ちゃんのような弟のような…。悠真のことは好きだけど家族愛だよ。」
そう、一緒にいすぎてもはや家族のような存在なのだ。
悠真のことは好きだけど、お付き合いしたいとか、そんな感じじゃない気がする。
「…でもさ。」
「すみませーん!係の人いますかー?」
藍ちゃんが何か言いかけたが、受付に人が来ている。すっかり忘れていたけど委員会活動中だった。
「今行きます!」
慌てて受付に戻り、貸出希望の本を確認して貸し出しカードに記入する。
町の図書館だとバーコードでの貸し出しシステムとかでこんなアナログなことはしないけど、私はこんな手作業も好きだなと思う。
「はい、期限は3週間なのでそれまでに返却してください。」
手渡すと、「はーい。ありがとうございます。」と言って図書室を出て行った。
続いて、貸出と返却希望の人が来たので、しばらく雑談には混ざれず仕事をこなしていった。
……………
仕事をこなす春姫と、もうここからでは見えない秋月くんがいた場所を交互に見て、藍はため息を吐いた。
「でもさ、秋月くんが春姫をどう思ってるかは分からなくない?」
「そうだねぇ。」
あかりは春姫が仕事に戻ったことで空いた椅子に座る。
「たしかに藍ちゃんは今、恋愛脳なとこあるけど、私も秋月くんが春姫のこと何とも思ってない気はしないんだよね。」
「恋愛脳て…。…でも、あかりんもそう思うでしょ?私としては、美男美女カップル爆誕はアツいんだけどな。」
ふふふ、と楽しそうに笑う藍。
あかりは、そういえば藍ちゃん、恋愛リアリティ番組にもハマってたな…と藍の最近の趣味を思い出していた。
……………
18時を過ぎ、図書室を閉めて鍵を返却した。
藍ちゃんとあかりんと一緒に帰って、途中から方向が違う私は一人で家まで歩く。
昼間はだいぶ暖かくなってきたけど、暗くなるとまだ冷える。
身体が冷える前に帰ろうと、自然と早足になった。
「春姫。」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返ると、やっぱりその人がいた。
「悠真!」
図書委員会の仕事をした後は、こうして悠真と帰り道に会うことも少なくない。
二人で並んで歩く。家は隣同士だから途中で別れることもない。
「今日、図書室の窓から悠真を見かけたよ。サッカー部は新入生いっぱい入りそう?」
「うん。もう入部届出してくれてる人もいるし、そこそこ入ってくれると思うよ。」
悠真の声は優しくて、いつも私の話を穏やかに聞いてくれる。他愛のない話をしながら歩き、家に着くと、隣の悠真の家はまだ明かりがついていなかった。
「あれ?今日お母さんはお仕事?」
「そうだった。そういえば今日夜勤って言ってた。」
悠真の家は母子家庭で、お母さんは夜勤のある仕事だそうだ。こうして夜帰ってこないこともある。そんな時は…。
「お帰りなさーい!悠真くんも、もうご飯できるから座ってて。」
「お邪魔します。すみません、ありがとうございます。」
昔から、悠真のお母さんが夜いない時は一緒にうちで過ごしている。私のお母さんが料理をいっぱい作ってくれて、家族と悠真とみんなで一緒に食べるのだ。
悠真が来る日は唐揚げとか、ハンバーグとか、お肉料理が多くて嬉しい。お母さんもいつもより気合を入れて作ってくれている。
「悠真くんは運動もするし育ち盛りだからね。いっぱい食べて大きくなるのよ。」
「これ以上大きくなってどうするのよ。」
お母さんの言葉に思わずつっこむ。悠真はもう180cmくらいあって、平均身長くらいしかない私からするとじゅうぶん大きい。
「春姫ももっと食べなさい。身体を作るのは食べ物なんだからしっかり食べないと。」
「食べてるよ…。」
しまった、食べなさい攻撃が私にも向けられた。
お母さんはいつまでも、私のことも育ち盛りのこどもだと思っている節がある。
最近の身体測定では、もうほとんど身長は伸びなくなったのに。これ以上食べたら横に伸びていくだけだよ。
まあ多分、お母さんの言葉にはバランス良く食べなさいという意味も含まれているんだろうけど。
食事が終わるとお父さんが帰ってきた。今日は遅くなると言っていたので、帰りを待たずに先にご飯を食べた。
帰ってきて悠真がいることに気付くと、嬉しそうにニコニコ笑う。
「悠真くん来てたか!」
「お邪魔してます。お帰りなさい。」
お父さんも悠真を小さい頃から知っているので、とても可愛がっている。
「サッカー中継か!一緒に見よう!」
学生時代にサッカー部だったお父さんは、悠真と一緒にテレビでサッカーを見て喜んでいる。うちは男の子がいないから、息子ができたようで嬉しいんだと思う。
リビングで盛り上がっているお父さんと悠真を置いて、私はお風呂に入ることにした。
お風呂から上がってリビングに戻ると、サッカー中継はちょうど終わったようだった。父と悠真がハイタッチしているので、応援していたチームは勝ったのだろう。
「春姫、髪の毛ちゃんと乾かしなさい。」
「だって暑いんだもん。少し涼んでからね。」
半分本当だけど、本当の理由は別だ。
悠真は最近、ご飯を食べたらすぐ帰るのだ。前はお風呂も入って泊まっていったのに。
今日はサッカー中継をお父さんと見てたからすぐ帰らなかったけど、髪を乾かしているうちに悠真が帰ってしまうかもと思ったのだ。
「悠真、お風呂空いたよ。」
「うん?もうそんな時間か。俺は帰るよ。」
ほら、やっぱり帰るんだ。
泊まっていってもいいのよ?とお母さんも言うが、悠真は首を横に振る。
「もう高校生なので、全部甘えるわけにはいきません。そろそろ帰ります。」
中学後半の頃から、悠真はお泊まりしなくなった。
お家に誰もいないので心配だと、当時のお父さんとお母さんは言ったが、悠真は家に帰るようになった。
悠真くんも大人になったのね…と、お母さんはしみじみしている。
帰ると言う悠真を玄関で見送る。
「悠真、私、昔みたいにお泊まり会したいよ。いっぱいお話して寝落ちして、朝早く起きたらまたお話しするの楽しかったでしょ?」
月明かりを照明代わりにして、夜中だから声を潜めていろんな話をするのが楽しかった。どんな話も悠真は聞いてくれたし、悠真の話も全部が楽しかった。
いつの間にか寝てて、目が覚めると、まだ昇りきらない朝日に照らされた悠真が隣にいる。寝て起きてもまだ悠真がいることが嬉しくて、悠真が起きたらまたお話の続きをした。
全部が楽しい時間だったのを覚えてる。
「俺も楽しかったよ。でもまた今度ね。ほら、春姫はちゃんと髪乾かさないと風邪ひくよ。」
私もこんなところで、悠真は大人になったんだなと思う。小さい頃の思い出を引きずっているのは自分だけみたいで、少し恥ずかしくて…ちょっと寂しい。
「ちゃんと乾かして寝るよ。…じゃあ悠真、また明日ね。」
「うん、また明日。」
手を振って、扉がバタンと閉まるまで悠真を見送る。
入ってきた外の冷気にぶるっとして、早く髪の毛乾かさなくちゃと洗面所に向かった。