最終決戦編 -12
そのとき、透明でカチカチに冷え固まったキューブアイスを無地桃色の珪藻土コースターに水滴を垂らすガラスコップの水にポトンと落とすように、”全てを拒絶する虚空”と”絶対不滅の炎”は相対する。
しかし、その二つは、混ざり合うことも溶け合うこともなく、互いの矛盾が存在し合う。虚空は炎熱を消さず、炎熱は虚空を燃やさない。ただ、虚空の内側で陽炎のように炎熱が揺らいでいる。
ヴァイスが赫煌する拳を虚空に突き出すと、スルッと手応えなく通り抜ける。その勢いで、ヴァイスの体は虚空の中に入っていく。
ラズリは呆気なく姿を消したヴァイスに唖然とした目を浮かべ、薄くぼやけて不自然に揺らぐ虚空をジーッと見ていた。
「そんなこと言われても…。惨めだろうと、過去の意味を誇れるように…抗い続けるしかなかった。私は、あなたのようには生きられない。」
──だからこそ…少し知りたくなったのかもしれない。
歪んだ虚空から小さな炎が燃え上がると、忽ちにヴァイスが再び姿を現す。
そして、空を駆けながら真っ直ぐに向かって来るヴァイスを見て、ラズリはクッと浅いため息を吐くと、虚空を纏った拳を構える。
「あなたに何ができるの?あなたに…どんな世界が作れるっていうの?」
「みんなが魔法で笑顔になれる世界。だから、君にも笑っていてほしいんだ。」
ドクン。──その瞬間、赤い扶桑花のような鮮やかな血色に染まるラズリの鼓動が、無彩色な脳裏に過らせるのは、”あの日”。──赤い苺が飾られたショートケーキを母親と分け合って食べた幸せなひととき。
ラズリのグッと強く握られた拳は徐々に緩み、少し広げた手のひらを目の先に伸ばす。
それに気づいたヴァイスはフワッと柔らかな一歩を空中で踏み出し、その手を優しく掴む。
すると、ラズリは溢れ止まない涙が垂れ流れる頬を緩ませる。
「私…いいのかな?幸せを願っても…。」
──ほんの些細で当たり前の幸せが、私にとっての生きる意味であり、何よりの存在証明だった。そして、過去の意味は、今この瞬間、クリム・ヴァイスとの出会いによって運命的に果たされた。もう断罪の意味もない。
それを聞いたヴァイスは安堵の吐息をつきながら微笑む。
「うん。きっと、それこそが君の”強さ”だよ。」
雲が棚引く青空に囲まれる中、二人を覆う無重力空間以外の全ての魔法が解かれると、二人は手を繋いだまま、ゆっくりと地上へ降りていく。
その二人を、シュヴァールは安堵の笑顔で見上げていた。
「ヴァイス、やはり君は…スピカ・ラズリも救いたかったんだね。なぁ、ソナ…。君から貰った恩を、私はあの子に返せただろうか…。今度こそ、家族としての役目を果たせたのだろうか…。」
こうして、"陽翼の皇剣襲撃事件”は決着した。




