第一章 魔法学校編
第一章のep1〜ep9の総集編です。文字数は7200程度です。
散りたどふ 紅秋桜 戯れゆ
往古爽籟 白き月影
肌が凍るように冷たい風が頬に触れる。広大な雪原に一人、ヴァイスは雪を踏みしめる音を響かせながら歩く。彼はフードを深く被り、マフラーを口まで覆うように引き上げている。
そして、白い息を吐きながら、遠くの空を見つめる。その瞳の奥には、幼き日の母の純粋な笑顔が朧げに浮かび、消えていく。
炎魔力防御。
魔力が熱を帯び、心臓に灯された炎が鼓動とともに血管を巡るように、全身を温める。周囲に降り積もる雪は瞬く間に溶け出し、白む蒸気となって舞い上がる。
ヴァイスはホッと白い息を吐きながらフードを脱ぎ、マフラーを首元まで下ろす。
辺りは相変わらず真っ白の雪景色が続き、蛇の尾のように雪解けの足跡だけが伸びていく。
そのとき、ヴァイスの瞳に映る、遠く揺らめく地平線に白い竜がうねるように地吹雪が舞っていた。大地を揺るがす轟音が空気を震わし、風のうめきが足下から伝わってくる。
誰かが戦っている…。そう、ここは戦場だ。魔法学校の入学を賭けた宝の奪い合いが、もう始まっている。
ヴァイスは深呼吸をし、汗ばむ拳をぎゅっと握りしめる。
「行くか。」
魂を呼び起こすような心臓の高鳴りに背中を押され、一歩を踏み出す。
繭のように満ちた雪霧の中には銀蝶が羽ばたき、渦巻いていた。足元の白雪には羽を散らした朱色の蝶が混じる。
「炎魔法、フレイム·インフレーション」
淡雪の絹糸が解け、視界を覆い尽くしていた銀粒は優雅な雫となって、空に舞っていく。
そのとき、開けた上空から迫る人の気配が、ヴァイスの背中を凍りつかせる。まるで、猛獣が牙を見せつけ、よだれを垂らしながら獲物を睨みつけるような鋭い視線だった。
「俺が持つ宝の芳香に惑わされ、迷い込んだ盗賊よ、身の程を知るがいい。だが、少しは楽しめそうだな。俺の名はノルク・グラート。お前の名を聞いておこう。」
グラートは地に降り立ち、ゆっくりと歩き迫る。その足音一つ一つが、水に浸かっているような重々しさと息苦しさを伝え、ヴァイスは息を呑む。
「クリム·ヴァイス。」
ヴァイスの瞳の刹那、グラートが吐く細氷の息吹と共に、白銀の大地はグレイシャーブルーに染まる。
「一級氷魔法、アイステルス·ケラス。」
グラートが氷の大地に手のひらを添えると、溢れる冷気が一気に鋭く尖った氷塊を形成し、ヴァイスの眼を穿つ勢いで大地から突き立つ。背を反り、紙一重で後ろに避けた束の間、ヴァイスはその氷の造形に魅了されたかのように、唖然としていた。そのとき、荒涼とした草原の影に潜む虎のように、もう一つの尖氷が視野の外から現れ、吹き飛ばされた。
硬い氷の大地をぐるぐると転がり、倒れ込んだヴァイスは水底から這い出るように、荒く息を吸い込む。 咄嗟に立てた腕を揺れ動く瞳で見つめる。まるで牙で噛みちぎられたように、痺れと痛みが交互に押し寄せていた。
うずくまり、唇を噛み締めたとき、暗闇と痛みが双葉の亡霊を呼び覚ます。すると、不思議と白い群鳥が羽ばたくような高揚感が脳を刺激し、頬が緩む。
「俺の恩人曰く、絶望ってのは、希望を探すための地図らしい。迷って、立ち止まって、道を探す。でも、迷わず進んだ先に希望があると、俺も信じている。だから、もう迷わない。」
心臓に灯っていた炎は、鼓動の波紋と共に大きく燃え上がり、全身を包み込む。そして、丸く膨らむ海月の布帆が空舟をふわりと宙に浮かすように、ヴァイスは立ち上がる。
グラートは、瞳という水面が朝日を浴びて反射しているかのように、目をキラキラと輝かせ、笑みがこぼれる。
「ヴァイス、お前…面白いな。」
そう言いながら、空に向かって手のひらを勢いよく振り上げると、淡碧の氷鳥が翼を羽ばたかせ、空へ飛び立つように、空気を凍りつかせながら、冷気が立ち昇る。
「嘘…だろ?」
冷気の流れを追うように、ヴァイスは上を見上げた。その瞳に映るのは、視界を覆い尽くすほどの巨大な氷塊だった。
「一級氷魔法、アイスメテオ。」
ヴァイスは両足を地面に踏みつけるように身を低く沈め、身に纏う炎が両足を渦巻く。
「炎魔法、フレイム·デバンド。」
炎を足から地面に向かって噴射し、その爆発の勢いで、迫り落ちてくる氷塊に向かって飛んでいく。
グラートは、まるで赫閃が揺らめく星の欠片のような、その不格好な飛行魔法を呆然とした面持ちをしながら、目で追いかける。
勢いだけの制御不能の飛行…。やはり、あいつは面白い。だが、何をする気だ?
ヴァイスは拳を握りしめ、振りかぶる。
「炎魔法、フレイム·ブロウ。」
拳から燃え上がる炎は蛇が巻き付くように渦巻く。緋色の蛍火のような、その小さな炎の拳は、空を喰らう怪物のような淡碧の氷塊に衝突し、白霧が噴き舞う。
気づけば、ヴァイスは空を見上げて倒れていた。炎魔力防御が解け、冷気が肌に触れる。荒く吸い込む空気が喉を突き刺し、白い息が視界を曇らせる。耳に残るのは、凍った水たまりを踏みつけたようなバリバリという音と自分の荒々しく掠れた叫び声だけだった。
はっとしたように、腕の痛みに耐えながら起き上がろうとするヴァイスを見て、グラートはため息をつきながら近づいて来る。
「もう十分だろう。今のお前に足りないのは強さではない。自分を許す弱さだ。」
春暁に照らされ溶けゆく雪のように、ヴァイスは全身の力が抜け、両手を広げて仰向けになる。
俺は…負けたんだ。
湖畔を撫でる朔風のように、グラートはヴァイスのそばを静かに通り過ぎ、立ち止まる。そして、背中越しに視線を向ける。
「遠久の彼方でも、俺はそこにいる。」
その声は、ヴァイスの赤みを帯びた冷たい耳に吹き込む。そして、グラートは空へと吹き舞う旋風に乗って、あっという間に消え去った。
そうだ、まだ終わってない。行かなきゃ。
拳を握りしめながら、ヴァイスは立ち上がる。フードを深く被り、マフラーを口まで覆うように引き上げ、歩き出す。
雪原の風景とは異質な一際目立つ空間がヴァイスの視界に映る。それは火が灯っているように赤く煌めく魔鉱石が円状に囲む石壇だった。虹色に煌めく魔鉱石の欠片が斑に埋め込まれ、石壇全体が星空のように輝いて見える。そして、その中心の一段高く積まれた石台には宝箱が置かれている。これは無駄に派手な装飾がされた、まさに貴族の遊戯だ。
「…見つけた。俺の…希望への鍵…。」
オリフィスを水簾のように流れ落ちる時命の砂が玻璃を伝い、賢者の足音のような木肌を堕とす音と共に、古を辿り始めたのを感じていた。しかし、周囲には人の気配が一切なく、不気味なほどあっさりしている。
違和感…。
ヴァイスはそれを感じながらも、石壇を刻々と登り、宝箱に手を触れた。
「盲目の鼠がまた一匹、罠にかかったか。」
遠くから宝箱を細めた目で見ていた男は、雪景色に溶け込むように白い衣で身を包み、雪を被って地に伏せていた。その男は降雪を揺らす微かな息吹に紛れるような静かな息を吐きながら立ち上がる。そして、雷で形成された弓の弦に指をかけ、稲妻の矢を放つ。
「二級雷魔法、サンダーアロー。」
鋭い光を纏う隼が稲妻の糸を伝うように、その矢はビリビリと鳴り響く轟音を置き去りに、一直線にヴァイスという標的を狙い撃つ。
炎魔力防御。
違和感はノイズとなって耳から脳へ波動し、衝動的な無意識の反射を呼び起こした。ヴァイスは迫り来る稲妻の矢を結び繋がれた糸を断ち切るように、炎を纏った腕で弾き払う。
「やはり、宝箱は囮か。」
鮮烈な赤いアンスリウムから溢れ出す緑葉と千紫万紅の花々が氷の花器に生けられるように、高鳴る鼓動を凍てつく静寂に閉じ込める。
炎魔法、反撃影陣。
ヴァイスは赤く燃え滾る炎の大身槍を光る糸屑の痕跡を遡るように投げ飛ばす。そして、その残影に隠れるように、走り出す。
「お前を卑怯とは言わない。最後に宝を持っていた者が勝者。ここはそういう場所だと知った。」
──あいつに言われた自分を許す弱さ。それは新たな希望への執念であり、この戦場に立ち塞がる自分以外の全ての存在を踏み潰す覚悟だ。
「お前は一体、何なんだ?」
そう叫ぶ白装束の男が焦りながら放つ稲妻の矢とヴァイスが放った炎の槍が衝突し、爆発を起こす。
暗灰雲の切れ間から微かに零れる光芒の如く、ヴァイスの炎の拳は濛々(もうもう)と立ち込める黒煙を突き破る。
「俺は、満ち夢を追う幾夜の待宵月…しがない挑戦者さ。炎魔法、フレイム·ブロウ。」
黒霧を影に残した雪景色、それに紛れるように浮かぶ白雲に、赤く燃え煌めく彗星は空を切り裂くように降り落ち、轟々と迸る勝利の鐘を鳴り響かせた。
雪解け道を歩き戻り、ヴァイスは再び石壇を登る。
往年の刻みを感じさせるような霞んだ赤色の宝箱を開けると、温もりが奪われた深海での静かな眠りからふと目覚め、浮かび上がるように、宝箱の底から虹色の輝きを澄み放つ小さな鉱石があった。
「これが宝…。」
魔金剛結晶。──マジック・ダイヤモンドとも呼ばれる、その輝きにヴァイスは、玉響に時命の砂音が緩やかに凪の青海に溶け沈んでいくかのように、目を奪われていた。
窓の隙間からフッとカーテンを揺らす涼風のような仄かな吐息音が凪の水彩を雪景色に塗り替える。
そのとき、耳の奥で残響する大地の濁轟音にふと振り向くヴァイスの瞳には、朧白の空に打ち上がる淡い青の閃光が映る。
「始まったのか、競争が。」
ヴァイスは魔金剛結晶を手に取り、宝船が霧奥に待つ蒼光の灯台に導かれるように、上空で光り続ける青い光を見つめながら、走り出す。その背中を見守るように照らす石壇を囲む赤い魔鉱石は灯火に息が吹きかけられ、舞台の幕を静かに下ろすようにそっと赫耀が消える。
忙しない白息吹を荒く吐き連ねながら走るヴァイスは、高く見上げる程に目前の青い光をぼんやりと奥に透かした白霧を前に立ち止まる。そして、後ろを振り返り、足跡をなぞるように雪道を見る。
積雪が浅い。そして妙に、息を潜める人の気配が漂う。
「待ち伏せか。確かに、ここは宝を持たない者にとって絶好の狩り場。」
ヴァイスは全身を炎で包み込むと、腰を低く沈め、走る構えを取る。
「炎魔法、サーペント·スティル。」
深呼吸の奥底で鳴る大太鼓の重低音のような鼓動を合図に、炎が激しく燃え上がっている後ろに引いた右足を蹴り出す。素早く、軽やかに走るヴァイスは、まさに滑らかにうねる蛇のように、立ち潜む人影を置き去りにしながら霧を突き抜ける。
その先に現れた、空に浮かぶ巨大な魔鉱石から放たれる、澄み切った青い光が照り貫く大きな穴に向かって、ヴァイスは大きく一歩を踏み出し、飛び込んだ。
「あれから十年…。希望の扉は開かれた。陽翼の皇剣の戦士に俺はなってみせる。」
両手両足を広げ、優しく吹き上がる風に乗って、ヴァイスは緩やかに舞い降りていく。
魔法学校入学試験会場、天空都市、雪原エリア地下層、試験官室。特別試験官と書かれた名札を首から吊り下げた老人は、ヴァイスが穴から降りてくる様子を窓から眺めていた。
「三人目。今日、最後の合格者か。」
老人はフッと小さな笑みを溢す。
入学試験から一ヶ月が経った今日、魔法学校の正門、威厳を染めた黒一色の木柱で泰然と高くそびえ立っている高麗門の前に、ヴァイスは立っていた。
見上げる瞳が描くのはトランペットが奏でる豪華絢爛な音色に駆られ歌い踊る情熱と、青々しい海岸を写し出すシャボン玉が、桜木の香る風に乗って舞い戯れる風景。
「この小さな一歩から…始まる。」
唇に少し力が入り、口を噤むヴァイスは、靴の爪先を見つめながら息を呑み、その一歩を踏み越える。
それは、地を踏む足音を彩る鮮やかな風景の一瞬に、沈黙の雫をポツンと落とし、無彩色の水紋を滲み渡らせた。モノクロ写真のようなその無常な日常が、秋麗にありふれた落ち葉のように幾重にも積み重ねられ、気づけば、三年が過ぎていた。
武闘館裏の日影、コンクリートの冷たさを背中に感じながら、湿り気のある地面にヴァイスは座り込む。
「見たかったなぁ、最果ての景色。」
溢れる涙を堪えるように額を指先で押さえ、歯を食いしばる。
閑静な空間を破る、落ち葉が踏み砕かれたパリッという音で、傍に立つ人影に気づき、指の隙間からゆっくりと覗き見る。すると、そこに立っていたのは、薄ら微笑みながら見下ろす”次席”ノルク・グラートだった。
「お前だけだよ。あの結果を見て、そんな顔をするのは。」
“最終成績四位”と書かれた紙を握りしめ、しわくちゃな顔で走り過ぎていくヴァイスを見かけたグラートは、その後を追ってきていた。
ヴァイスは唖然とした面持ちを浮かべ、額から手をゆっくりと下ろした。
「ノルク・グラート。お前に一つだけ聞きたいことがある。…俺とお前との差は一体何だったんだ?」
グラートは顎に指を置き、スーッと細く息を吸う。
「そうだな…言うなれば”歴史”。それは俺が持つ三大貴族という権力と情報であり、遥か昔より受け継がれる理だ。」
ヴァイスは鼻水をすすりながら涙を拭き、立ち上がる。
「確かに、この世界は魔法という武力で支配されている。でも、そんな答えじゃ納得できない。ちゃんと、この目で確かめたいんだ。」
グラートはその眼差しを見つめ返す。
「つまり、俺と戦いたいと。相変わらず諦めが悪いな。」
グラートはため息を吐くと、ヴァイスを通り過ぎた先にある武闘館の入り口、重厚な扉の前に立ち、木陰に降るような鋭い視線でヴァイスの方を振り向く。
「いいだろう。不変の条理というものを教えてやる。」
扉を開き、薄暗い武闘館の中に入っていくグラートの叢雲のような掴みどころがない背中を追いかけるように、ヴァイスも中へと入っていく。
静けさを閉じ込めるように閉めた扉の鈍い金属音が、高い天井に甲高く反響し、フローリングを擦る足元にはひんやりとした空気が漂う。
喪失とした静寂の舞台に色を添えるように、天井一面の照明が灯り、二人は互いに向かい合う。
グラートが白い息を吐くと、忽ちに空気が澄んでいき、肌を刺すような痛みがヴァイスの鼓動を過る。
「”歴史”の本質とは、知ろうとする好奇心にある。だが、お前は今、歴史の語り部としてここに立ち、その答えとなるこの現実を目の当たりにするだろう。自然環境支配。一級氷魔法、ルミ・エスタシオン。」
照明は朧に隠れ、曇り天井は銀六花を降り散らす。
「なら、俺の今を、この現実に刻むだけだ。炎魔力防御。一級炎魔法、イグニス·メテオ。」
緋色の雪屑を喰らう怪物を淡碧の鏡像に写すように、グラートは冬蛍を集める。
「お前にはまだ、何も見えていない。一級氷魔法、アイス·メテオ。」
さらり夜風に浸る銀砂丘の天空、星灯りがぼやける雲の下に、赤と青、相対する二色の流星は交差し、蒸気機関車の白爆煙のような星雲が互いの耳に刺し響く轟音を波打つ。
ヴァイスは水に潜るように息を殺し、足をぐっと強く踏み込む。
それと同時に、その視界の向こう側で、グラートは手のひらを広げ、結露で覆われた窓を撫でるかのように滑らせると、濃霧が一気に晴れ渡る。
その瞬間、ヴァイスは走り出そうとした足を止め、一呼吸入れると、唖然とした表情でグラートを見る。
「霧を冷気で…?」
ヴァイスの泳いだ瞳の奥に過るのは、微かに鳥が囀る森に囲まれた雪山荘で、翳した手をじんわりと温める揺れなびく暖炉の火。そんな時、窓の外で木々の葉擦れ音を鈍く響かせる落雪にふと振り向く。
「ようやく見えたようだな。お前に諦めろとは言わん。だが、どんなに納得できない答えだろうと、”歴史”を学ぶことは現実を受け入れることから始まるというものだ。」
ヴァイスは炎魔力防御を解くと、目を閉じながら深呼吸をする。
「ああ、これで最後にしよう。お前の言う”歴史”というものは今、分かったよ。答えは諦めた先にあった。」
ヴァイスは暖炉の残火を背に雪山荘の扉を開け、霧氷を着飾る白銀の景色に向かって駆け出し、飛び込む。
「俺は俺を守ることを諦める。炎魔法、ルベル·クレシエンテ。」
ヴァイスの手のひらから迸る火花の金糸は、鋭く燃え煌めく一筋の赤い閃光の刃を縫い上げる。そして、そこから湧き上がる熱はヴァイスを緩やかに包み込む。
「その魔法、まさか…。」
──俺の自然環境支配を自身の手近な領域で再現したのか?
グラートの唖然とした目とヴァイスの滾る目が合う。
「”歴史”は変わらずとも、現実は変わり続ける。グラート、俺の”今”を見ろ。」
ヴァイスは正面堂々と踏み出し、グラートに駆け迫る。透かさず左右双方から迫り来るいくつもの尖氷を軽々と切り裂き、空を覆う氷塊も、赫閃の刃を大きく振り上げると、呆気なく切り裂かれ、崩れ落ちる。
グラートは頬に垂れた冷や汗を拭い払うと、笑みを溢した。
「ヴァイス、それこそがお前の”歴史”なら、俺の”今”で答えよう。一級氷魔法、ルミ·エクリクシス。」
宙を彷徨う銀鳥の、羽ばたく翼から綻ぶ羽根が別れるように解ける数多の雪屑は、銀六花の花束が幾何学的に連なり、一瞬にして一面に咲き誇る。
ヴァイスはその瞬間、冬凪の深淵に引きずり込まれたように、凍結した世界に溺れ、襲い迫る睡魔に抗う力もなく、意識が鼓動の奥に閉じ込められた。
雪は溶け去り、晴天を思わせるような天井照明が、仰向けに倒れるヴァイスの顔を照らす。はっと目を覚ましたヴァイスが荒い咳をしながら起き上がろうとすると、グラートが手を差し伸べる。
「そうか、俺はまた負けたのか…。」
微笑みを浮かべながら、ヴァイスはその手を掴み、立ち上がる。
「ここでの勝敗は最終成績に影響しない。つまり、始めから意味のない戦いだった。しかし、あの瞬間、確かにお前は俺との戦いに意味を与えていた。それだけで十分だろう。」
グラートのその言葉にヴァイスは唖然としながらも、頬の緩みを隠すように小さく頷く。
「グラート、ありがとう。またいつか…会えるといいな。」
「ああ。またな。」
桜の蕾が芽吹く季節、澄み渡る青空の下で、ヴァイスは卒業証書を入れた筒を片手に、陽暈の盾の道を清々しく歩み始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
散りたどふ 紅秋桜 戯れゆ
往古爽籟 白き月影
この和歌の意味は、以下の通りです。
「散り乱れる紅のコスモスは、遠い昔に吹いた爽やかな秋風の響きを懐かしみながら、遊んでいるようにひらひらと舞い揺れ、月影の白さが映される。」
そして、自分の解釈としては以下の通りです。
「過去に失った純白に輝く温もりは、深紅に燃ゆる野望に微かな光を灯す。」