魔法学校編 -5
炎魔力防御。
違和感はノイズとなって耳から脳へ波動し、衝動的な無意識の反射を呼び起こした。ヴァイスは迫り来る稲妻の矢を結び繋がれた糸を断ち切るように、炎を纏った腕で弾き払う。
「やはり、宝箱は囮か」
鮮烈な赤いアンスリウムから溢れ出す緑葉と千紫万紅の花々が氷の花器に生けられるように、高鳴る鼓動を凍てつく静寂に閉じ込める。
炎魔法、反撃影陣。
ヴァイスは赤く燃え滾る炎の大身槍を光る糸屑の痕跡を遡るように投げ飛ばす。そして、その残影に隠れるように、走り出す。
「お前を卑怯とは言わない。最後に宝を持っていた者が勝者。ここはそういう場所だと知った」
──あいつに言われた自分を許す弱さ。それは新たな希望への執念であり、この戦場に立ち塞がる自分以外の全ての存在を踏み潰す覚悟だ。
「お前は一体、何なんだ?」
そう叫ぶ白装束の男が焦りながら放つ稲妻の矢とヴァイスが放った炎の槍が衝突し、爆発を起こす。
暗灰雲の切れ間から微かに零れる光芒の如く、ヴァイスの炎の拳は濛々(もうもう)と立ち込める黒煙を突き破る。
「俺は、満ち夢を追う幾夜の待宵月…しがない挑戦者さ。炎魔法、フレイム·ブロウ」
黒霧を影に残した雪景色、それに紛れるように浮かぶ白雲に、赤く燃え煌めく彗星は空を切り裂くように降り落ち、轟々と迸る勝利の鐘を鳴り響かせた。
雪解け道を歩き戻り、ヴァイスは再び石壇を登る。
往年の刻みを感じさせるような霞んだ赤色の宝箱を開けると、温もりが奪われた深海での静かな眠りからふと目覚め、浮かび上がるように、宝箱の底から虹色の輝きを澄み放つ小さな鉱石があった。
「これが宝…」
魔金剛結晶。──マジック・ダイヤモンドとも呼ばれる、その輝きにヴァイスは、玉響に時命の砂音が緩やかに凪の青海に溶け沈んでいくかのように、目を奪われていた。
窓の隙間からフッとカーテンを揺らす涼風のような仄かな吐息音が凪の水彩を雪景色に塗り替える。
そのとき、耳の奥で残響する大地の濁轟音にふと振り向くヴァイスの瞳には、朧白の空に打ち上がる淡い青の閃光が映る。
「始まったのか、競争が」
ヴァイスは魔金剛結晶を手に取り、宝船が霧奥に待つ蒼光の灯台に導かれるように、上空で光り続ける青い光を見つめながら、走り出す。その背中を見守るように照らす石壇を囲む赤い魔鉱石は灯火に息が吹きかけられ、舞台の幕を静かに下ろすようにそっと赫耀が消える。