魔法の世界 -4
アランは息を吸い、大きく一歩を踏み出すと、風を切り裂くように魔人の方へ突進する。そして、夜空に堕ちる星屑が放つ閃光の如く、剣を振るった。
しかし、魔人は片手でアランの剣を掴み、その勢いをあっさりと止めた。
片手で…止めただと?
アランの瞳に、魔人の黒い衣が大きく映った。しかし、よく見ると、それは衣ではなく、焦げ付いたような黒色の皮膚だった。
まさか…硬化した、炎に耐性のある皮膚…?
「ククク。やはり、俺は人間より強い」
刃を握る魔人の手から、超高熱の紫炎が噴き出し、剣身は溶け始めた。その熱はアランの手に達し、皮膚が焼けるような痛みが走り、柄から手を離す。
ゔぁぁ。熱い。熱い。痛い。
魔人は溶け出した剣を握り潰し、そのままアランの頭を掴み上げた。
「え…?や、やめろ…。やめろっ!」
アランの絶叫も虚しく、魔人の手から紫炎が放出され、アランの全身を飲み込んだ。
ぐぁぁぁ。
全身が黒く焼け焦げ、まるで、焚き火でパチパチと音を立てる薪のように皮膚が弾ける痛みに襲われ、表面が灰となって崩れ落ちていく。
絶望と恐怖が渦巻く中、意識の遠のきを感じながら、アランは倒れ伏した。最後の意識の中で、彼の瞳に映ったのは、道端に寂しく咲いた一輪の結晶花だった。そして、走馬灯のように、過去の記憶の断片が彼の脳裏を駆け巡った。
結晶花。虹色に輝くその花を見るたびに、あの日、ソナに贈った簪と彼女からもらった言葉を思い出す。
「アランさんの仕事って…まるで冒険みたいですね」
──君の温かく優しい声と、その言葉に俺は救われた。
新しい命の誕生。涙を浮かべながら赤子の小さな体を抱きしめるソナの手と、その子の手を握り、俺も心から喜び、涙を流した。
「ヴァイス、生まれてきてくれてありがとう」
──君の天使のような笑顔が俺に幸せをくれた。
あの人と交わした約束。大地を激しく打ちつける冷たい雨の雫が、青かった心にあったはずの、ソナの声をかき消し、姿が雨煙のように霞んでいく。
「これが正しいとは思わない。しかし、君を信じてみよう」
──彼女の全てを知るために、俺は愛を生贄にしていた。
ソナとの別れ。彼女は茜色の灯火に染まった糸を解くように袖を掴む。その手から伝わる小さな震えを、俺は気付かないふりをした。
「アラン、私はそんなこと望んでない」
──君の手は寂しさに凍えているようだった。
思えば思うほど君は遠ざかってしまう。守りたいなんて綺麗事だ。嘘だ。本当は…君の隣に相応しい男になりたかった。なれない自分が情けなかった。苦しかった。ごめん。ごめん。
「ソナ…。ヴァイス…」
そう呟きながら、アランの黒焦げとなった体は崩れ落ち、漆黒の灰と静かに零れる涙が、空に浮かぶ天燈が燃え尽きるように消えていく。
その翌日、王国の東端に位置する小さな町が紫色の炎に包まれ、黒い灰と荒野、そして、たった一人の少年だけを残して消えた。
老人は、その前日に起きたとされる魔界調査中の事故で死亡した者を記した資料に目を通す。
陽暈の盾 東区所属”アンサス·アラン”
老人は、その名を見た瞬間、拳を机に叩きつけ、唇を噛み締めながら瞳に潤む涙を堪える。
「…そうか。君はここにいたのか。殺す手間が省けたよ」
無知から愛は生まれない。
かつて、アランは私にそう言った。その言葉は、銀の曇天を裂き散らし、内なる瞳に煌夜の宙を映し出す。そして、星芒が蒼海に堕ちるように、大空を彷徨っていた私を透き通る群青の深淵へと沈ませた。
それから十年の時が過ぎた。
雪解けを告げる暁が昇り、開花を待ちわびる桜の蕾を照らす。緑に囲まれた丘の中に小さく立つ、クリム・ソナの名が刻まれた白大理石の墓石の前に、二つの影が並んでいた。
白いカーネーションの花束を胸に抱え、少年は静かに息を吸う。
「やっとここに来れたよ、母さん。あの日、光が奪われて、目に映る世界が真っ暗になったような気がしてた。でも、下を向いていても、前に進むことはできるって分かったから。だから、強くなることを選んだよ。俺、乗り越えてみせるから」
少年は花束を墓の前にそっと置く。隣に立つ老人は少年の肩に優しく手を乗せる。
「ヴァイス、ここから始まるんだ。君の物語は」
老人は潤む瞳を拭う。
「うん…。じゃあ、行ってきます」
二人は墓石に背を向け、歩き出す。陽光の温もりを乗せた風が二人の背中を押していく。
これで序章は終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
宵涼し 白牽牛花 月影ゆ
夢彩りて 君は去りゆく
この意味は、以下の通りです。
夕暮れに涼しい風が吹く夏頃、白いアサガオは月光に照らされ、寂しく咲いている。そんな夢のように美しい思い出を残して、貴方は私の前から去っていくのだ。
そして、自分の解釈としては、以下の通りです。
純白に輝く真実を知った愛は、笑顔溢れる幸せを願う愛とは相入れない。