第3話 思い描いた夢が崩れ落ちていく……頼む待ってくれ!(国王視点)
□夜会翌日の卒業に関する保護者集会にて(国王リナレス2世)
余は意気揚々とこの日を迎えた。
なにせ長男であるエリオットがまもなく卒業を迎える。
幼少期は病弱だった王子だが、成長するとともに逞しくなった。
剣に興味を持ち、騎士団にも顔を出していると聞いている。
彼らからの評価は悪くない。
学院での成績も良好で、さらには将来の重臣となりうる騎士団や魔導師団長の子供や、代々大臣を輩出してきたレオメット家の後継とも良い関係を持っているという。
そして極めつけは、若くして聖女となったアリアと婚約していることだ。
卒業すればすぐにでも結婚させるつもりだ。
そうなれば周囲の反対など全て消えるだろう。
病弱な時期があったこと、母親の地位が必ずしも高くないこと、圧倒的な優秀さは示せていないことから反対する貴族がいたのだ。
しかし聖女の配偶者であれば、誰も反対はしなくなるだろう。
なにせ歴代最高の聖女との名声を既に得ている素晴らしい女性だ。
5歳で礼拝をこなし、7歳で淀みを消し去る聖女の御業を行使した天才。
神殿の神話は全て記憶し、聖属性魔法、回復魔法に秀でる。
昨年起こった帝国による侵略戦争を戦い抜けたのも彼女の力があったからだ。
淀みを特定して消すというのは聖女の力だ。
しかしあえて淀みを敵の部隊の中に発生させて魔物を生み出し、敵を蹴散らすなんてことは誰も考えない。
考えても実行しない。
それをあの娘はやった。
もし帝国との戦に負ければ待っているのは焦土と化す国だ。
そんなことになるなら、自分は悪女と言われたとしても実行しますと言い切ったあの胆力。
聖女の仕事に誇りを持っていたあの娘にはかなりの葛藤があっただろう。
しかし帝国に蹂躙された村の惨状を見てからあの娘は変わった。
清濁併せ吞む。
このままあの娘を国王にしたいくらいだった。
あの娘が余の長男の伴侶となるのだ。
文字通り国を救った……救い続けている聖女が。これで長男が国王にならなかったらあの娘に申し訳がたたない。
反対する貴族など国賊として処分してやるわ!
と思っていたのじゃ。
それで意気揚々とこの場に入り、少し空気の淀みは感じたものの用意された席に座り、息子である王子とその婚約者であるアリア殿を待っておったのじゃ。
それなのにこの暗愚は……。
「父上、紹介します。ミラベルです」
「は?誰じゃ?」
「はい。彼女は学院の同級生で、エスメラーダ子爵家の娘です」
余は何を紹介されておるのじゃろう?
早くアリア殿を連れて来んか。
余が見たいのはアリア殿と、彼女に認められているそなたの姿なのじゃ。
「そうか。で、アリア殿はどこじゃ?」
「父上。アリアとの婚約は破棄しました。私はこのミラベル殿と結婚しますので、今日こうしてご紹介しているのです」
余の耳が突然腐ったのじゃろうか?
今こやつは何と言った?
笑えぬが冗談か何かか?
余は苦笑しつつ顔を上げ、周囲を見る。
「おめでとうございます、エリオット王子。ミラベル様との結婚を祝福します」
「おめでとうございます。羨ましい限りだが、僕は魔導師団に入りお二人を支えます」
「おめでとうございます。愚妹のことで煩わせて申し訳ないですが、お許しいただきありがとうございます。私も文官となり、国を支えます」
バカ者どもが。貴様らは国を潰したいのか?
祝福しているのはまさかの騎士団長と魔導師団長の子供。
それにアリア殿の実家であるレオメット侯爵家の長男。
一方で震えているのはその周囲にいる騎士団長、魔導師団長、そして余じゃ。
なぜレオメット侯爵は一緒になって祝福しておるのじゃ?
まさか愛娘を暗愚たる王子に渡す気はないということか?
余は眩暈を感じて座り込んでしまった。
「へっ、陛下?どうされたのですか?」
駆け寄ってきたのはレオメット侯爵だった。
「侯爵。どういうことなのじゃ?余はそなたの娘であり聖女であるアリア殿こそが王妃に相応しいと思っておる」
「陛下。申し訳ございません。愚かな娘を高く評価くださり感謝の念に堪えませんが、しかし王妃とは国母なのです。あのような娘をその地位に据えることは、一臣民として認めがたく」
「はぁ?」
何を言っているのじゃ、この男は。
「侯爵。アリア様の何が問題なのです?聖女としての任をこなし、帝国との戦いでも彼女なしには無事にはすませられなかったのですぞ?」
「なにを仰いますか?聖女に認定された娘を担ぐのは構いませんが、いささかやりすぎかと……」
「やりすぎなものか?魔力の淀みを探し、正常化する。これは現在アリア様にしかできぬのだぞ?」
なぜ父親である侯爵がこのような態度なのかわからない。
もちろんアリア殿が侯爵の正妻の娘ではないことは知っている。
だからなんだ?
この男は侯爵であり、次期大臣と目される男だ。
それなのに状況認知がおかしくないだろうか?
「父上。淀みを払うことなら実はミラベルにも可能なのです」
「なに?」
「畏れながら陛下。私は王都に集まった淀みを聖属性魔法と水属性魔法を組み合わせることによって払うことに成功しておりますわ」
それがどうした。
そんなことは余でも知っておる。
それでは不可能なものがあるから聖女に頼るのじゃ。
しかし、多少は理解した。
つまり何らかの不満を持ったエリオットがこのミラベルとか言う小娘でも仕事を代替できると考えて婚約を解消したのだな。
ここで報告してくると言うことは前夜の夜会の時点では既に実行済み……。
まずい……。
「ベルオール、すぐにアリア殿を探すのじゃ!」
もうこんなバカどもに関わっている時間はない。
学院の夜会での婚約破棄。それがどれくらい衝撃を与えるものだと思っておるのじゃ?
もし余だったら王子……ひいては国への協力などバカバカしくなって逃げ去ってもおかしくはない。
頼む。早まらないでくれ。今さら遅いかもしれぬが、余の夢はそなたにかかっておるのじゃ。
忙しさにかまけてバカ(息子)に任せたことはきっちりと謝罪するゆえ!