008 女警官はピンク脳らしい
「なっ!!」
「でもさぁ、その道理はおれたちにァ通用しねェんだわ。払えと言われれば払うしかない。それだけの話しなんだよ。なァ?」
ここは並行世界だが、同時に日本だ。なので、銃刀法違反もある。だが、氷狩はさも当然のようにピストルをシャツとベルトの間から取り出した。
彼女の腹部に照準を合わせ、今すぐにでも致命傷を与えられるような体勢になった。
「……、ふっ」
されども、警官の女は笑うだけだった。氷狩は怪訝な顔になるが、最前インストールした超能力によって、彼女がなにをするのかを悟る。
「さっきも言いましたよね? 私は国家権力に属す者。そして当然……」
瞬間、
サイコキネシスを使ったように、近くにあった電柱が引っこ抜かれた。それは氷狩のもとへ一直線に進んでいく。
「能力も持ってる!! さあ、死なない程度に死なせてあげる!!」
鈴木氷狩は、首を横に振った。
電柱はあと数メートルまで迫ってきている。しかし、氷狩はそれがどこに来るのか分かっていたかのように、ゆらりと身体を動かして回避した。
「アンタ、ピンク脳だな」
アスファルトがめくれ、あたり一帯は大騒ぎになった。とはいえ、相手にしているのは、警官の制服を着た女。正義を掲げる者。であれば、他の警察に通報して来てもらうという選択肢は誰もとらないはずだ。
そんな中、氷狩は右手を首の横に回し、
「神谷もそうだったけど、アンタら性欲強すぎ。おかげで、なに考えてるのかあんまり分からねェ」
「し、失敬な!」
「ただ、ある程度は分かる。ならよォ……」
鈴木氷狩は冷静だった。先ほどの攻撃で氷狩を倒せると思い込んでいた彼女には、それ以上の追撃という考えはない。だったら話は簡単だ。
氷狩はさほど広くない間合いから、彼女の足に向けて銃弾をおみまいした。
「──ったぁ!?」
「なにへばってるんだよ。ほら、サイコキネシスで反撃してみろ」氷狩はニヤリと笑い、「まあ無理か。足撃たれた所為で、集中力も途切れちまってるだろうしなぁ……!!」
氷狩は彼女にマウンティング体勢をとった。
「女の顔は殴りたくねェ。さっさと売掛金よこせ。それさえ払う意思を見せれば、解放してやる」
「誰が、払うと思ってるの──ぎゃッ!!」
馬乗りになった氷狩は、彼女の額に拳銃を突きつける。
「早くしろ。時間は有限だぞ?」
*
足を引きずりながら、警官の女は交番まで歩いていく。背後にはハンドガンを突きつける氷狩がいる。どうあがいても、逃げ場はない。
(……、これだけ警察をぶちのめしても、誰も通報してこないのか。女の敵は女ってか?)
男女比率1:10の世界。野次馬や、たまたま街を歩いていた者は皆、通報でなくスマートフォンでその様を撮影していた。いちいち潰すのも面倒なので、氷狩は無視する。
「なあ」
「……なんですか」
「公僕がホストなんかにハマる理由が分かんねェ。アイツらはクソだぞ。テーブル乞食なんて蔑称つけられるくらいには」
そうすると、
「仕方ないじゃん!! 私モテないんだもん!! 男なんてカネで買えば良いし、そのカネも支払わないで済んだはずなのに!! 全部貴方の所為で台無しだよ!!」
なんと呆れた供述だろう。風俗ばかり通っている者も、元いた世界の女からすれば、こういう目で見られていたのかもしれない。