007 良い歳こいて処女らしい
「なにが変化したのか分かんねェ」
ただ、効果を実感できないのも事実。氷狩は右腕に絆創膏を貼り、首をかしげるばかりだった。
「そういえば、弱そうだけど強いってことくらいしか訊いてなかったわね」
「弱そうなのかよ。なんか嫌だな」
「とりあえず、力んでみたら? あ、でも家の中でやらないほうが良いかもしれな──」
刹那、身体中を巡る血が荒ぶるように熱くなった。氷狩は激しい頭痛を覚え、その場にへたり込む。
キッチンに置かれていた灰皿が地面に落ちる頃、ポタポタと氷狩は唾液を垂らす。
「キッツいな……」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫ではない──ああ、すこし落ち着いてきた。血管が爆発するかと思ったぜ。……ん?」
勘、が鋭くなった。神谷の考えていることが分かるほどに。彼女の脳内は今、性欲でいっぱい。しかもその欲望は氷狩へ向けられている。
「……、」氷狩は押し黙り「なあ、いくらおれが女に飢えてるからって、生々しいあんなことこんなこと読み取ったらさ、嫌気が差しちまうよ」
「な、なんのことかしら?」
「オマエの考えてることが分かるようになった。なんというか、男女比率がぶっ壊れた世界も良いことだらけじゃないな」
氷狩は、そう返事し、そそくさと自宅から出ていく。まるでこの場から逃げ去るように。
場には、神谷海凪だけが残される。
「…………、だって、私良い歳こいて処女なんだもの」
*
どうやら、この勘が鋭くなる超能力は任意で発生させることができるらしい。引っ込め、と念じたら魔法のごとく消え去ったからだ。
そんなわけで、サングラスに黒マスクという不審者丸出し格好の氷狩は交番へと向かっていく。
「世界は狭めェな。すでに接触済みなんてよ」
この男女比率が崩れた世界で、初めて接触した女性。やたらと身体検査してきた女警官。歓楽街で叫んでいた女警察。
あの街で酔いどれ声をあげていたということは、もう非番になっているはずだが、神谷はちょうどいま勤務していると言っていた。彼女の指示は基本的に当たるので、なにか理由があって交番に戻って来たのだろうか。
「まあ……仕事するだけだからな」
氷狩は交番近くまで歩み寄り、その女警官が出てきたのを確認した。即座に彼女へ近寄り、肩を叩く。
警官は振り向いた。そして、驚愕したように顔を歪める。
「な、な、なんの用ですか? さっき職務質問はしたはずですよね?」
「ええ。ちょっと返済していただきたいものがありましてね」
「へ、返済?」
「ホストクラブへの売掛金、って言えば分かるでしょう? いくらツケがあるのか知らないけど、支払うものはしっかり支払わないと」
氷狩は営業スマイルを浮かべながら、彼女を詰める。
「……ふふっ」
だが、彼女は不敵に笑う。
「私は国家権力に属してるんですよ? 意味、分かります?」
「ええ……、支払う気はまったくない、ってことでしょ?」
瞬間、氷狩は拳銃を引き抜いた。