006 磁力を操れば空くらい飛べるらしい
「それで? Vチューバーになるつもりはないけど、他にも仕事があるんだろ? わざわざ家まで来たってことは」
「え、ええ。仕事ならあるわよ。おそらく、貴方が元いた世界の仕事と似通ったのが」
「どんな仕事? 売掛金バックレたホスト中毒を捕まえる? それとも、ヤクザや半グレに喧嘩売るの?」
「前者ね」
「マジかよ」
氷狩は裏社会の方法で表社会の問題を解決するプロだ。ヤクザ、半グレと敵対したり手を組んだりして、それらと関わった連中を捕まえる、いわばバウンティー・ハンターと言ったところか。
そして、そのうちのひとつに、『ホストクラブの売掛金を支払わない女を拘束する』というものがある。いつも通りといえばいつも通りだが、この世界でそれをやるのは面倒くさそうだ。
「ターゲットは当然女で、警察やりながらホスト通いしてたみたいよ。しかも超能力者って情報も入ってる。拳銃じゃ足りないかもしれないわ」
「超能力者? 拳銃?」
「あ、説明し忘れてたわね。第三次世界大戦で生き残った男性、さらに貴方のような戦争に導入される予定だった男子は超能力を持ってる。けれど、つい数年前女性へも超能力を開発することに成功したのよ。1:10の比率もあって、いまや女のほうが強力な異能力を持ってるわ」
氷狩は首を振り、もう一本タバコをくわえそうになった。
「そうか。死んでこいってことか」
「そ、そんなわけないでしょ! 貴方が死んだらみんな悲しむわ!」
「じゃあ、男より強力な女をどうやって倒すんだよ。おれァ超能力なんて使えねェぞ?」
「た、確かに……」
神谷はすこし悩み、やがてなにかをひらめいたかのごとく左手に拳を乗せる。
「そういえば、まだ未インストールの超能力があったわ。なんの能力かは分からないけれど、バイヤーが言うには当たりらしいのよ」
「インストール? パソコンじゃあるめェし」
「インストールとは言うけれど、注射を打つだけよ。注射は嫌いかしら?」
「好きなヤツいるのかよ」
「ま、まあ、その通りね。でも、打ってもらわないとなにも始まらないわ」神谷は玄関口に向かい、「ちょっと持ってくるわ。数分待ってて」
「数分? オマエの家から俺の家って数キロは離れてるよな──」
神谷はドアの先から、ゲームのSEみたいな音とともに空へ飛び跳ねる。氷狩は口を開けるしかなかった。
*
「持ってきたわ」
「おま、なんの力で空飛んだんだよ」
「磁力を操れば空くらい簡単に飛べるわよ。そんなことより、これがインストール用の注射器ね」
さも当然のごとく磁力を操るとか言ってくるものだから、氷狩も怪訝な表情になるしかない。
「まあ、仕事だから仕方ないけどさ、副作用とかあるの?」
「初期のほうはあったらしいけど、いまはないわ。しっかり動脈に打ってね」
「ああ……」
チクッ、と痛むが、すくなくともこの時点では副作用はなさそうだ。