045 なにか言いたげなようだ
と、半グレらしく思慮を巡らせていれば、
『性悪女』
から電話が飛んできた。神谷海凪だ。どうせ問題だろうと、氷狩は溜め息混じりに画面をスワイプする。
「どうした?」
『海藤組の残党どもが、私のヤサを特定して突っ込んできたわ。返り討ちにしてやったけど、そっちは大丈夫かしら?』
「今、山手の家にいる。こんなところに突っ込んでくる連中はいねェだろ」
『そ、そう。夕実の家に、ね……』
「なにか言いたげだな」
『いえ、別になにもないわよ?』
あれだ。この世界の男どもは、性に貪欲すぎる女どもを嫌い、同性愛者になるとか聞いたことがある。山手夕実は一応男。なにか勘ぐっているのだろう。
「そりゃ良かった。で、山手から訊いた話だけども」
『ええ。身代わりを出頭させてくれるんでしょう? これで、七王会もマッド・ドッグも騙せれば良いけれど』
「騙せるさ。そういえば、あの幹部はどうなった? ほら、この前拉致した」
『生かして返す理由もないけど、マッド・ドッグへ返却したわ。これで賞金首からおさらばできるわね』
「だろうな」
つくづく思うが、この業界は暴力ばかりだ。暴力の果ては死。嫌気が差すときだらけである。
「つか、警察やマッド・ドッグの連中が盗聴してねェとも限らん。もう切るぞ」
『え、ええ』
通話を切り、タバコのほとんどの部分が灰になっていることを知る。勿体ないな、と思いつつ、ソフトパッケージを振る。
が、なにも出てこない。ペリペリと紙を剥がしたが、どこへもタバコがない。
「あー、クソ。ヤニがねェ。買ってくるか」
「我慢できないの?」
「できたら、とっくのとうに禁煙してるよ」
「だけど、海藤組やマッド・ドッグの連中が目を光らせてると思うよ。街は」
「おれにはシックス・センスがある。あと、タクティカルペンも」
道具を持ち運ぶのはあまりにも危険なので、刃物同然のペンをお守り代わりに持ち歩いている。相手の頭に刺せば、確実に戦闘不能になる代物だ。しかも、職務質問されたところで、ギリギリ交わせるラインの見た目でもある。
「なら、行ってきなよ。うちはイリーナちゃんでも眺めてる」
「手ェ出すなよ?」半笑いだ。
「こんな可愛い子に手なんか出せないよ」
「どういう意味だか」
というわけで、タクティカルペンとともに、氷狩は近くのコンビニへ向かっていく。
山手のマンションは一等地だ。コンビニも徒歩2~3分の場所にある。ここを突いて襲ってきたらなかなかのやり手である。
街を歩く。相変わらず、すれ違うヒトたちはほとんどが女。香水のキツイ匂いが、氷狩の鼻を苦しめる。
(確かに、ゲイばかりになってもおかしくないわな)
そう理解してしまうほど、女たちの性欲は露骨だ。こちらをチラチラ見てくるし、意思はピンク色。彼女たちの中では、すでに氷狩とベッドインするところまで描かれている。
そんな最中、
氷狩の背中に、鉄製の物体が突きつけられた。




