044 ある意味一番相性が良いようだ
火柱。どこかで訊いたことのある名字だ。珍しい名字なので、一度聞けばなかなか忘れられないのも関係しているか。
「ヒカルン、知ってる?」
「名字は」
「アイツはやばいよ~。武力全部振りの元組長と違って、知略も備わってるからね」
「あ。火柱、か」
「んん?」
そういえば、この世界へ入り込む前、火柱という名字を持つイカレたヤクザがいた。そうなると、合点が合ってしまう。
敵性因子の連中の性別も入れ替わっている、ということか? ただ、神谷や佐田は最初から女だった。この世界に来る前から、かなり名のしれた不良だった。男相手には力負けするが、ハニートラップや知略で敵対組織を踏み荒らし、いざとなれば氷狩や神谷の連れてきた男たちとともに、喧嘩していたはずだ。
そんなわけで色々な思慮を巡らすが、現状それを確かめる方法もない。
なので、
「しゃーねェ。ここらはおれたちのシマだってことを、知らしめてやろう」
いつも通り、暴力に頼る。
「良いね。火柱を文字通り火まつりにしちゃえ」
「ヤツの能力は?」
「ピュリファイアー、っていう炎系の能力だよ。けど、直接対峙するのは危険かもね」
「なんで?」
「アイツが本気になったら、死刑覚悟で四方八方に炎撒き散らすと思うから」
「どのみち死んでるようなモンだしな」
「そういうこと。死に場所を探してる、って感じかな」
海藤組が事実上消滅した今、その残党はいつ違法になるか分からない薬物取引で、その場を凌いでいる。つまり、彼ら、いや彼女たちはすでに死んでいるも同然だ。なにもかもがうまく行って、ようやく生き残れる立場。火柱恋花を始めとして、彼女らは死ぬ準備ができていると考えるのが妥当だろう。
「まあ良いや。なんか食べ物ある?」
「なにも食べてないの?」
「クソ女がクソ遊びしていなければ、ピーマンの肉詰めを食べる予定だったんだけど」
「相変わらず、苦いもの好きだね。ピーマンならある。勝手に調理しても良いよ」
「ありがとな」
そんな会話の最中、イリーナはソファーに寝転がっていた。寝息を立てている。こうなると起きないので、氷狩はイリーナを放置してキッチンに向かう。
「無限ピーマンでも作るか」
ツナ缶とピーマン、ゴマ油に鶏ガラスープがあれば作れる簡単な料理だ。面倒なときは、これを作ってひとりで食べていた。
時間にして5分程度経過し、〝無限ピーマン〟ができた。氷狩は皿に盛り付け、それを無心で食べる。
「うまいの?」
「まずけりゃ作らん」
「そりゃそうだ」
ここで会話が途切れる。神谷海凪や佐田希依と違い、コイツとは会話がなくても過ごせる。ある意味一番相性が良いのかもしれない。
「あー、食った。タバコ吸って良い?」
「換気扇の下なら」
「おっけー」
平和だ。なにか、凄まじい揉め事が起きる前兆のように。




