043 無駄なことはしたくないようだ
要人でも守っているのかよ、と言いたくなるほどの警備の中、氷狩とイリーナはエレベーターで山手夕実の部屋へ向かっていく。
「まだ〝関東七王会〟から、賞金懸けられっぱなしなの?」
「多分な。ただ、シックス・センスで近づいてくるヤツの意思は読み取ってる。だいたい、ピンク脳だったけどな」
「追われる日々なんて、イリーナには耐えられないよ」
「賞金が懸かってるのは、おれと神谷だけだ。アイツらだって馬鹿じゃない。無関係のガキを殺す気はないだろ。それに、もう形だけだよ」
「だったら良いや」
「心配くらいしてほしかったけどな」
「心配したら、君の不安は消えるの?」
「消えないな」
「ならしない。イリーナ、無駄なことしたくない」
「ああ、そうかよ」
そんな会話をしているうちに、山手の部屋の前へたどり着いた。インターホンを鳴らし、
「おれだ。入れてくれ」
とだけ伝える。
「ヒカルン、珍しいね」
背丈は160センチ程度、赤いボブヘアはウィックらしく、今は日本人らしい黒い短髪だ。顔立ちはどことなく女っぽい。それはメイクをしているからか、はたまた女性ホルモンでも入れているのか。
「ああ、佐田のクソがクソまみれになりやがった。飴みてェなクスリを食ったらしい。おかげで、ホテルにいられなくなった」
「きょう、カレー食べようと思ってたのに」
「悪かったな」
「尾行されてないの?」
「おれはシックス・センス使いだぞ。隣にもシックス・センスがいる。されてたら、こんな早くここへはたどり着けん」
「そりゃそうか。まあ、玄関先で話すことでもないね」
「ああ、お邪魔します」
氷狩とイリーナは、暗い部屋の中に入った。一人暮らしには十二分な広さだ。ポルノビデオ用の部屋は、見なかったことにしよう。
「ほい、コーラ」
「あざす」
「でさ、七王会が懸けてきた懸賞金の件なんだけど」
「なにかあったのか?」
「ヒカルンとカイナーの顔って、完全には特定されてないらしいよ」
「それがどうかしたか?」
「もう首が回らない債務者に、ふたりそっくりのヒトがいてさ。ドッペルゲンガーってヤツ? まあどうでも良いんだけど、そのヒトたち出頭させれば良くね、って話」
「そうしてくれるなら、ありがたいな」
あっさり問題が片付きそうだ。これだから、山手夕実という存在は読めない。
「なら、そうしておくよ。あと」
「なんだ?」
「希依ちゃんが引いたクスリ、最近巷で流行ってるらしいよ」
「だからなんだよ」
「いやー、ソイツらが高利貸し始めやがってさ~。希依ちゃんもソイツらから借りてるみたいで」
「ソイツらを潰せってことか? 身代わり用意する代わりに」
「うん」
「面倒臭せェなぁ」ソファーにもたれる。
「気持ちは分かるけど、サラちゃんの情報だと〝海藤組〟の残党が、その事業をやってるみたいなんだよね。どっちみち、対決は避けられないよ?」
「組長が絶縁されたのに、そんなケチ臭せェシノギしてるのかよ。しょうもねェな。だいたい、あれ脱法ドラッグだろ。違法になるのも時間の問題だと思うぞ」
「それがさ、海藤組のNo.2が出所してきたらしくてさ。ソイツがなかなかの切れ者なんだよね~。火柱恋花って女なんだけど」




