042 やってることのあくどさは変わらないようだ
「面倒臭いなぁ」
「なんかのウイルスに罹りたいのか? 見てみろ。クソ袋がクソを壁に塗ってやがる」
というわけで、氷狩とイリーナは知らぬ顔でホテルから出た。
空は快晴。時刻は夜の10時頃。隠れ家を探すのにも一苦労する時間帯である。
「希依ちゃんのこと、放っておいて良いの?」
「一回パクられるべきだ、あんなヤツ」
わりかし外は寒い。タンクトップと黒いデニムだけでは、職務質問に遭うだけだ。というわけで、氷狩は一番近くに暮らしている女、いや、男に電話をかける。
『んん? ひかるん、なんの用?』
「今からそっち行って良いか? ちょっと面倒事が起きた」
『良いよ~。ちょうど〝撮影〟も終わったし』
「ありがとな」
手短に通話を終わらせる。そうしないと、警察に盗聴される心配が生まれてしまうからだ。
「ヤクザにマッド・ドッグ、しかも警察。邪魔なヤツらばかりだ」
「ポリってなに?」
「警察のことだよ。おれらはポリって呼んでる」
「それって意味あるの?」
「中学のときからそう言ってたからな。セブンスターをセッターって呼んじまうようなモンだ」
「まずセブンスターが分かんないんだけど」
「タバコの銘柄だよ。愛煙してる」
「ふーん。で、これからどこ向かうの?」
「この前、山手夕実って野郎に会っただろ? アイツの家」
「ああ、女装しているヒトだね」
「アイツは趣味で無修正ビデオを作ってる。意外と売れるんだと。でも、本業は金貸しだ」
「金貸し?」
「祖父から莫大な遺産を生前贈与されたらしくて、それを元に闇金してるんだよ」
山手夕実。彼女、というか彼は、変わり者だ。なんだかんだ小学校のときから知っているが、趣味がポルノビデオ作成であること、あと、違法金利で色んなヤツにカネを貸していることくらいしか知らない。
「闇金なんて、踏み倒されて終わりじゃないの?」
「アイツは警察とも仲が良いからな。それに、闇金は漫画みてェに暴力に頼るわけじゃない」
「どういうこと?」
「潰れかけの会社の社長や事業主を見つけ出し、依存させるんだよ。サラ金や銀行からカネを借りられねェところに、10日1割とはいえ、社員の給料を肩代わりしてくれるヤツがいたら嬉しいだろ?」
「真面目だけど、うまくいかないヒトを探すわけだ」
「そういうこと。お、着いたぞ」
マンションの一角を、氷狩は指差す。
「良いところ、住んでいるね」
「警備員も常在してるし、なにかあったらセキュリティサービスが1分で飛んでくる場所だよ」氷狩はマンションの前で山手に連絡し、「ヤクザは階級があがっても、ホテル暮らしが精一杯。アイツら、アパートや携帯も持てないし、せいぜい同窓会で粋がれるくらい。やってることのあくどさは、大して変わらないのにな」
機械音とともに、正門が開いた。




