038 絶対なんてないっぽいな
「ぐぉッ!?」
氷狩は鼻から血を垂れ流す。折れてしまったのか、蛇口のごとく血液が飛び出てきた。
しかし、負けるわけにはいかない。負けてしまえば、すべて台無し。それが不良の世界だからだ。
「やはり防御力は上がってないか! ステゴロであたしに敵うと思うなよぉ!!」
集中力が下がれば、シックス・センスを身体に委ねたことによるゴリラみたいな腕力も意味をなさない。氷狩は、一旦空中へジャンプした。間合いを遠ざけることで、少し冷静になろうという考えのもと。
ところが、
海藤美奈は、それすらも見透かしていたかのように、無慈悲なレーザビームを放ってきた。先ほどよりもエネルギーは低いが、その分脳内で起きているコードは短い。これでは、改ざんできない。
そして、
碧い閃光が、氷狩の身体に直撃した。
「────!!」
もはや声も出せない。激痛に追われ、なにもできない。
「クソッ!! 氷狩!!」
肩を撃ち抜かれた氷狩を見て、柴田は海藤へ突進した。なにも考えず、ただ猪突猛進した。
そんなことをすれば当然、柴田すらも四方八方から繰り出されるレーザの前にやられるだけだった。
「ぐあぁッ!!」
「良い鳴き声だな。オマエ、柴田公正だろ?」余裕の表情で、「オマエの姉は能力こそ秀でてたが、だらしねえヤツでさ。破門にしてやったよ。そんで、そこに倒れる氷狩ってガキに死地まで追いやられた」
「おれ、の、姉を……?」
「ああ。半グレとつるんで電話した挙げ句、カネも納めなかったからな」海藤は手のひらに碧い光を出し、「さて、次懲役くらったら無期刑か死刑は免れねえ。だから能力で木端微塵にしてやるよ」
海藤美奈の右手に、光が集まっていく。それは、確実に氷狩と柴田公正の骨すらも残さない。
そんな最中、
氷狩が、左腕を支えに上半身をあげた。
「おいおい、今更なにができる」
「なにが、できる、ねェ……」
氷狩は、不敵な笑みを浮かべた。なにか隠し玉があるかのごとく。
とはいえ、この状況をまくることなんてできないだろう。できるのなら、最初からやれば良いのだから。
なので、海藤は手からビームを放つ。
そのときには、勝敗が決していた。
「ご、はぁ……!?」
断末魔を漏らし、倒れ込んだ。右腕は吹き飛び、いや、右半身のほとんどが消え去った。
「こんなはずじゃなかっただろ……? だが、人間同士の殺し合いに〝絶対〟なんてことはない。なァ──」
最初から、このタイミングを見計らっていた。暴力団排除条例で、カタギに手を出したら無期懲役か死刑は免れない。ましてや、能力という概念がありふれている世界であればなおさらだろう。
そして同時に、ここは能力の世界だ。拳銃やナイフでは足がついてしまうが、能力だったら証拠を消し去ることができる。
なら、カタギに手を出さなければならない状況を生み出せば良い。親友がやられる寸前まで追い込まれれば、柴田公正は必ずなんらかのアクションを起こすはずだから。
すなわち、鈴木氷狩は最初から念頭に置いてあった筋書きを実行しただけだった。
「──海藤美奈」




