003 ありがたいか恨み節かで迷うらしい
「はあ」
地元に戻ってきた。そして、地元の形も変化している。やたらと喫茶店やスイーツ専門店ができていて、その代わりにラーメン屋が消滅している。
それ以外に変化はないか、と言われれば、あると答えてしまう。
そう。歓楽街から地元まで歩いていて気がついた。男性とまったくすれ違わないことに。
「そういや、酔っ払って『男女比1:10の世界なら、おれにも見合う女がいるはずだぜ』とか抜かしてたような……いや、だからなんだよ。思ったことや、口に出したことを具現化する超能力者にでもなったか?」
鈴木氷狩。彼女いない歴=年齢。周りはSNSに彼女がいそうな匂わせ投稿ばかりしていて、ソイツらを遊びに誘っても、彼女との先約が入っていると断られることが増えた。
そんな疎外感から、酒の席で確かに叫んだ。『男女比率が崩壊した世界なら、おれだって女との約束あるから遊べんって言えるのによォ』って。
そして、現実問題、そんな酔っ払いの世迷い言なんて叶うはずもない。当の氷狩だって、冗談で言い放った言葉だからだ。
「ともかく、一旦家帰るか……。携帯の探知もしねェとならないし」
衝撃過ぎる光景を見てきたが、結局大事なのはスマートフォンだ。21世紀日本を生きる身として、あのデバイスは欠かせない。
*
「んーむ。最近のスマホって、電源落ちてても追跡できるらしいんだけどな」
リンゴマークのパソコンに、氷狩のスマートフォンの位置情報はなかった。前の世界に落としてしまった? と一瞬中二病みたいなことを思い浮かべるが、氷狩もことしで21歳、中二の頃なんて記憶の隅に置かれているだけだ。
「しゃーねェ。最新機種買うか」
幸いなことにデータのバックアップはパソコンの中に入っている。氷狩は画面をスクロールし、新しい携帯電話を注文してしまうのだった。
「ッたく。変な夢でも見てるのかもしんねェし、覚めるのを待つかぁ」
そう言い、氷狩はなんとなく頬をつねってみる。痛い。つまり夢でないということだ。明晰夢を見たことがないので、これが現実なのは確定事項である。
「…………、携帯届いたら、母ちゃんに電話かけてみるか」
こういう場合、産んでくれてありがとうと伝えるべきなのか、あるいは産んだことに恨み節をぶつけるべきなのか、悩ましいところである。
そんな折、
『〝性悪女〟からメッセージが届きました』
パソコンが光った。
「ンだよ。ヒトがセンチメンタルになってるときによォ」
〝性悪女〟とは、氷狩がこの良く分からない世界に訪れる前からの知り合いだ。というか、仕事仲間である。
ただ、この世界のルールに従ってなのか、性悪女と蔑称をつけたくなる彼女にも変化があったらしい。
「メッセージが132件。束縛系彼女かよ」
普段は1件か2件。仕事を寝過ごして遅刻しても鬼電がかかってくるだけ。だというのに、今回は132件、いや、まだ増え続ける。
『私悪いことした?』
『謝るから』
『ごめんなさい』
『家の前まで行って謝れば許してくれる?』
「カノッサの屈辱かよ」