027 鉄で感情を覆っているっぽいな
パシュッ! という糸がちぎれるような音がやかましく聴こえる頃、氷狩はひたすら上へ向かっていた。馬鹿と煙は高いところが大好き、という言葉どおり、その幹部とやらは最上階で暮らしているからだ。
「はあ、はあ……。タバコなんか吸うモンじゃねェな」
先ほどのイリーナの模倣と、長年の出不精な生活。そのふたつの軸が、氷狩の頭に痛みを起こす。
が、コンクリートづくりの階段もすでに9階。最上階が10階なので、あと少し走るだけだ。
そのとき、
氷狩は、なにかを察知した。
『貴方に恨みはないけど、こっちも必死なの』
足を止め、氷狩は拳銃を取り出す。安全装置を解除し、9階の非常口から出てくる使者に備える。
だが、氷狩は背後にヒトの気配を感じた。まさか、テレポート? この速度だと反応しきれない。照準を合わせるまで、きっと間に合わない。
では、こうしよう。
ピピピ……、とマッド・ドッグ製の手りゅう弾の警報らしき音が響く。すでにピンは抜いてあり、敵が誰であろうとも、この距離では回避不能。破片をくらって戦闘不能になるだけだ。
「っっっ!!」
「おっと、タイマーが鳴ったみてェだ」
氷狩は、背後に現れた存在にスマートフォンの画面を見せつける。アラームの画面が彼女を愚弄する中、青年は、
「だけど、ホンモノも持ってるんだよ。ほら」
平然と、破片手りゅう弾を彼女の頭めがけて投げた。
しかし、爆発はしなかった。破片も飛ばなかった。理由は単純。ピンを抜いていないからである。
そして、その爆弾を氷狩は悠々と拾いに行く。
「馬鹿だな。攻撃手段が乏しいのに、こんなところでこれを消化するわけねェだろう」
氷狩は嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「……支配者気取りできるのも、今のうちだよ」
「ああ、そうかい。そりゃあ良いこと教えてもらったよ」
(さて、どう出る? テレポーターだったら、体内にモノ打ち込めるかもしれねェ。ただ、それやるには相応の時間が必要なはず。となれば……)
氷狩は冷静だった。鉄の感情をまとっているかのように。
まず、シックス・センスには現状、まともな攻撃手段がない。相手の攻撃を流すか、それともカウンターをくらわすか。それ以外にできることはない。
対して、相手はテレポーターらしき女。銃器を取り出さないあたりにも、自信が溢れ出ている。この距離なら、拳銃でも使って撃ち抜いてしまったほうが早いはずなのに、それをしない。つまり、相当高位な能力者なのは間違いない。
「頭を蹴るわけか!!」
氷狩はその言葉とともに、かがんだ。確かに、サッカーボールのように頭を蹴ってしまえば、ましてやテレポートで加速していけば、女性の脚力でも脳震盪くらいは起こせる。更に、加速しているということは、そう簡単に足を引っ張ってはたき落とすこともできない。だから、この場での最善手はかがむことだったのだ。
またもや黒髪ロングヘアの女は姿を消した。シックス・センスでの意思の送受信をくらった者たちが、いつ起き上がるか分からない以上、時間は無駄にできない。なにか、即座に手立てを考えなければならない。




