024 違げェっぽいな
神谷が頭を抱えるあたり、よほどの大事件なのは間違いない。いくらここがあべこべ世界だからといって、神谷海凪という〝鉄の女〟がこれほど動揺するとは思えない。
「そんなに、〝マッド・ドッグ〟はヤベェのか?」
「やばいなんて次元じゃないわよ。日本の闇を凝縮させたような代物よ? すべての陰謀はあの組織に通ずる、なんて言われるくらいには」
「えげつねェなぁ」
「だから、そうね。そう、どうすれば……」
神谷の顔から血の気が引けていく。指を口元に当て、その手は震えている。
「ひとまず、サラに連絡じゃね? アイツならワンチャンある」
「え、ええ」
イリーナが勝手にソファーの上で寝息を立て始めた。呑気な少女だ。まあ、色々と極限状態だったのだろう。氷狩は彼女にタオルケットをかける。
「もしもし、サラ?」
『なんでしょうか?』
「マッド・ドッグから逃亡したイリーナって子、知ってるかしら?」
『ええ。知ってますよ。今しがた、大騒ぎになってる』
「その子の身柄を確保したと言ったら?」
『即刻返すべきでしょう。私たちみたいな半グレが触れて良いヤマじゃない』
「でしょうね……」
そのとき、氷狩が口を挟む。
「なあ、サラ」
『なんでしょう?』
「後生だ、イリーナを見捨てないでくれ」
『……、貴方がそんなこと言うほどの子ですか。イリーナとは』
「ああ、そうだね。それほどの価値がある」
『分かりました……。ただし、貴方がすべての問題を背負うことになりますよ?』
「構わねェ」
『なら、まず……マッド・ドッグの幹部を拉致するところから始めなければならない』
「所在地は?」
『今から送ります。ただ、これ以上の援助はできません』
「ああ、悪いな」
『いいえ』
電話が切られ、同時にスマートフォンへマッド・ドッグの幹部の住処が送られてきた。高級マンションの最上階に住んでおり、警備員と防犯カメラが至るところに配置されている。
「ここまで送ってくれたのか。いや、幹部をさらえば、株価にもなんらかの影響が出ると踏んだか……」
サラは小賢しい。彼女は最小限のリスクで、最大限のリターンを得るべく行動するはずだ。となれば、今頃株価の動きを注視しているだろう。
「よし、行ってくる。早ェところ、終わらせるべきだしな」
ハンドガンをベルトにはさみ、氷狩は指をゴキゴキ曲げる。
「え、本気で行くつもりなの?」
「当たり前だろ。すぐ戻って来るから、イリーナの面倒よろしく」
「だ、だって、監視カメラと警備員の数をしっかり見たの? まるで要塞みたいな場所に突っ込んで、勝てる見込みはあるの?」
神谷は本気で心配しているようであった。しかし同時に、この会話に意味がないことも知っているのであろう。
「勝てる見込み? ンなモンねェよ」
「じゃ、じゃあ、こんな子見捨てて──」
「神谷、おれたちの正体はなんだと思う? 暴力と知略で物事を解決する半グレ? 時にはヤクザにも喧嘩を売る、イカレた集団? 違げェなぁ」
氷狩は薄ら笑いを浮かべた。
「おれたちは、少数派だ。だから仲間を大切にする。そうしなければ、おれたちみてェな無用者はすぐに潰される。そうだろう?」




