023 コーラに味の素? っぽいな
「そうみたい」
「それって、おれにも使えるのかね」
「使えるんじゃない? 分かんないけど」
ピクピク、と意識が遠のく不良女どものボスは、氷狩やイリーナにも聴こえないくらいの声でつぶやいた。
「あれが、柴田雫をダルマにした男……」
*
ようやく家へ帰ってきた。誰かがいるのに散歩なんてするものではないな、と思ってしまう。氷狩は神谷海凪が冷蔵庫に入っている飲み物に、なにか入れているところを目撃してしまったからだ。
「ひ、氷狩!? ち、違うのよ? これは、えーと、そう。味の素よ」
「コーラに味の素いれる馬鹿がどこにいる。もうオマエ帰れ」
「分かったわよ……。どうせ私が悪いんでしょ?」逆上して睨んでくる始末だが、「ところで、その子は何者かしら?」
「イリーナだ」
「イリーナ!?」声を荒げる。
「知り合いか?」
「……、知り合いもなにも、その子はヤクネタでしかないわよ」
「どういう意味だよ」イリーナとともに椅子へ腰掛ける。
「〝マッド・ドッグ〟を知らないの?」
「この前も言っただろ? おれはパラレルワールドに迷い込んで、ここにいるって」
「なら、最初から説明してあげるわよ。私たちの安全保障にも関わるしね」
マッド・ドッグ。それは、かつて第三次世界大戦が世界を包みこんでいたとき、設立された能力研究所だ。否応問わず戦争に巻き込まれた日本は、ある国籍不明の人物を中心に人工の能力者開発に乗り出した。非人道的な実験も数多く行われ、戦争が終わった今でも悪名は高い。
そして、イリーナはマッド・ドッグの中でも特別な存在であった。紛争・戦争区域という極限地帯で極稀に現れるダイヤモンド。それがイリーナという、ヒトの手が加えられていない天然の能力者なのだ。
しかも、彼女はいわば転移者。どこの紛争・戦争地域で育ったのかまでは分かっていないが、その実績もあって余計に、マッド・ドッグは彼女を手放したくないだろう。
「とまあ、サラの情報と私の調べを合致させるとこうなるわ」
「中卒を舐めてるのか? さっぱり分からん」
「多分、中卒とか関係ないと思うよ。理解しようと思うかの問題でしょ」
「ああ、そうかよ。で? なぜイリーナが厄介事なんだ?」
「マッド・ドッグが、この子みたいな複雑かつ有用なモルモットを簡単に手放すと思う?」
「ああ、思わんな。その機関がなんなのか知らねェけど、さっきも女の不良集団どもに襲われたしさ」
「もう手を回してるのね……。困ったわ」
「だけど、あんな三下どもを回収班に回す理由がないだろ。能力者でもなさそうだったし」
「そりゃあ、いきなり能力者を派遣するなんて無理でしょ。きのう逃げ出したばかりだもん」
「きのうか。だったらむしろ、足の速さを褒めてやるべきだな」
「貴方たち、もう少し緊張感ってものを持ってほしいわ……」




