002 ここは日本らしい
氷狩は怪訝な表情で、彼女の蕩けた顔を覗く。
「え? なにが聞こえたんですか? まさか薬物──」
「香水のニオイがエロいンすか?」
「……、」
押し黙った。黙りやがったぞ、この女警官。
「…………えーと、所持品のご提示ありがとうございます。最後にお名前だけ」
(コイツ、身分証すら見ないで職質終わらせようとしてやがる!?)
恐ろしいほどの職務怠慢だ。職務質問を受けた氷狩が心配になるほどに。
ただまあ、早く終わるに越したことはない。氷狩は、「鈴木氷狩です」と彼女に伝える。
「鈴木氷狩くんね。いまから本部と繋いで識別するので、ちょっと身体検査して良い?」
「良いッスけど、お巡りさんも溜まるンすね」
軽い冗談、というかセクハラだが、先にやってきたのは彼女だ。すこしくらい仕返ししたって良いだろう。
と、思っていた時期が氷狩にもあった。その女警官の眼光が獣のごとく変化するのを見て、氷狩は(帰りてェ)とだけ思う。
結果、ペタペタ触られた。そりゃもう、ありとあらゆる場所を触られた。刑務所でもこんなにチェックしないぞ、と途中でつっこみたくなるほど触られた。50秒ほど胸板と尻を触る、というより撫でられた。
「あのー、もう良いッスか? 3分も経てば照合取れますよね?」
ただ、国家権力に楯突いても仕方ない。女警官だったので、ここは寛大になろう。
「はーっ。この薄い胸板たまんない……。はっ!! あ、はい!! 照合取れてます!! ご協力ありがとうございました!」
逃げ去るように交番へ引っ込んでいった。氷狩は溜め息をつき、知っているはずなのに知らない道を歩き始めた。
*
「なんだ、こりゃ」
氷狩は驚愕し、ポカンと口を開けていた。その理由は、街を見れば明らかだった。
まず、キャバクラがすべてホストクラブになっている。しかも、どのホストクラブを見ても『男性募集中!! 人手が足りなさすぎて男装女子が働いています!!』と、悲鳴みたいなポスターが貼られている。
続いてメンズコンカフェの多さが目につく。こちらにも似たようなポスターが貼られていて、まるでこの世界は男性不足です、と言わんばかりである。
そして歓楽街の主役である飲み屋では、どこもかしこも女子会が開かれていた。20年もののウイスキーをロックで流し込む姿を、女子会なんて可愛らしい言葉で済ませて良いのかは謎だが。
(どういう街になっちまったんだ、ここ。確かに中区、いや日本、だよな?)
一晩酔い潰れて寝ているだけで、街並みがここまで変化するとは思えない。パラレルワールドに入り込んでしまった、と言ったほうがまだ納得できる。
「チキショー!! なんで警官になんてなっちまったんだよ!! 今頃ダウナー系ヤンキー男子と愛を育んでたところだったのにぃ!!」
ついには、最前身体をペタペタ触ってきた女警官の酔いどれ声が聞こえてくる始末。氷狩はいままで感じたことのない恐怖を覚え、大好きな歓楽街から立ち去るのだった。