019 七転八倒、続くっぽいな
「……あ?」
鈴木氷狩は、腕の痺れで目を覚ました。誰かが隣で、ヒトの腕の上で寝ていたような感覚。氷狩は怪訝な顔になりつつ、電気をつける。
「むにゃー。氷狩がそれで良いなら……むにゅー」
茶髪のショートヘア、整った顔立ち、身長は意外と高く170センチくらいらしい。
そんな幼なじみ兼仕事仲間の神谷海凪が、氷狩の許可もとらず隣で寝ていたようだ。ふざけた寝息と寝言を立てている。いっそのこと、ベランダから放り投げてやろうか?
「ッたく」
これではヘンタイだ。英語圏でも使われるという、ヘンタイである。なぜこの女は、ヒトの家でなんの許可も取らずに下着姿なのだろう。なぜ、氷狩の口まわりにはベットリと誰かの唾液がついているのだろう。
「おい、起きろ。彼女面するな」
「むにゅー」
「駄目だ、こりゃあ」
氷狩は手を開き、当分起きそうにもない神谷のことは放っておくことにした。となれば、時刻はまだ朝の5時だが、朝飯でも食べて気分を紛らそう。
というわけで、きのうの残りを冷蔵庫から取り出す。ゴーヤーチャンプルが入っていた。これは良い。朝飯にもお誂え向きだ。
ダイニングテーブルにそれを置き、ついでに炊いた米も用意する。素晴らしい朝だ。神谷海凪がいることさえ除けば。
「だいたい、おれの思い描いてた世界は、こんなんじゃないんだよ。もっとこう、恥じらいをもった子と付き合って、少しずつ恋していく。あーあ。恋愛ドラマも変わっちまってるんだろうな」
鈴木氷狩。彼女いない歴=年齢の21歳。意外と恋愛ドラマを見ることが好きだ。日本製から韓国製、洋画も見るが、一番見たのは恋愛系のドラマや映画だろう。
砂糖並みに甘い世界へ昔から憧れがあった。ハッピーエンドで終わる安心感に安堵していた。そこに映る世界に、氷狩の理想があった。
そんな不良風の見た目に反して純愛を好む青年氷狩は、変な世界に迷い込んでしまった。簡潔に言い表す、ことはできないが、できる限り簡略化すれば、あべこべ世界に異能力が混じった場所といったところか。
セクハラは男性が受けるもので、デート代は女性が払うもの。男は女にくわれ、男性の同性愛が社会問題化。男女平等をSNSでうたう男どもであふれる世界。
男女の比率は1:10で、氷狩のように(一応)異性愛者かつ10代から20代の若者なんて、日本累計でも200万人くらいだという。この街に限れば、本当に数百人もいないかもしれない。
「美味かった。媚薬や……、いや、考えただけで戻しそうになる。ともかく、女特有の体液が混入してなさそうで良かった」
そんな不思議で不愉快な世界に入り込み、今を生きようとする青年、鈴木氷狩。彼が純愛を手にする日は来るのであろうか。媚薬やストーカー、不法侵入をしてこない理想の女性に出会える日まで、彼の七転八倒は続く。




