016 破門されたヤクザほど、惨めな存在もないらしい
されど、サラはそんな態度すら見透かすように、
『でも、柴田雫が本気で泣きつけば、人間的に甘いという柴田公正が出張る可能性も否めません。早めに〝解決〟してくださいね』
「ああ、そうするよ。ありがとう、サラ」
『いいえ』
もう聞きたい情報は訊いた。佐田のスマートフォンをスワイプした後、氷狩は拳銃をキッチンから取り出す。
「行くぞ。〝道具〟も神谷から借りたことだしな」
*
「破門されたヤクザほど、惨めな存在もいねェな」
「まーね。せっかく積み重ねた地位やらカネ、兵隊が全部裏目に出るんだもん」
とても大物ヤクザが隠れているとは思えない、貧相なビジネスホテルの前。
時刻は昼間。当然ながら、街には女性がいっぱいだ。比較的涼しい日だからか、それとも数少ない男を狙っているのか、皆露出度の高い服装である。
さあ、腹がハンドガンで冷えて腹痛を起こす前に、勝敗を決しよう。
「正面からの突破は無理筋だ。相手をおびき出すか、侵入するか」
「だったら、ホテルの裏側から私のアドバンス・スチームで無理やり入っちゃう?」
(風力操作か? まあ、とりあえず乗ってみるか)
「そうしよう」
「よし、行くよっ!」
手を引っ張られる。手が触れたとき、消毒液を吹きかけていたことが嘘みたいに、なんの抵抗もなく佐田は手を引っ張ってきた。
(……コイツが喫煙チクらなかったら、高卒くらい得られたんだよな。そして神谷とつるんで、こんな汚れ仕事をすることもなかった。あーあ。この世界にいたおれも同じこと思ってたんだろうな)
もう6年くらい前の話だし、今更恨みをぶつけるのも格好悪い。それでも、よくよく考えればこの女が起因となって半グレになってしまった。むしろよく殴らずに済んだものだ。
と、どこか現実から逃亡していれば、
ゲームのアビリティみたいに、空へと続く風の流れが発生した。それらはしっかり、柴田雫が隠れている場所まで届いている。
「うお」
「ほら、行こうよ!」
本当にこんなものへ乗れるのか? だいたい、乗れたところで落下したら即死だ。
と思ったところで、佐田が先にその上へ走っていく風に乗っかるので、もう往生するしかない。どうにでもなれ、と思いつつ、氷狩はその跳ね上がる風に乗った。
乗ってしまえば、案外なんとかなった。後は上まで、登り切るだけだ。
「まあ、カーテンは締め切ってるに決まってるか。ただ、防弾ガラスではない」
というわけで、銃の底をガラスにぶつけて無理やり空けてしまう。そこから鍵を開け、氷狩は拳銃を構え、柴田雫──親友の姉と初対面を果たす。
ベッドの上で、酒を煽る黒髪ロングヘアの女がいた。顔は赤く、酒に呑まれているのは間違いない。
「よう。半グレに詐欺働いて、ヤクザをクビになった大間抜けって……オマエ?」
氷狩の露骨な煽りへも、彼女は反応しなかった。しゃっくりしつつ、こちらに興味がないような素振りを見せてくる。
だが、
所詮は、素振りだけだ。氷狩は、〝意思〟を〝受信〟することで、柴田雫が佐田の腹部に矢のようなものを突き刺す未来を見通した。




