013 目がチーズみたいに溶けているらしい
そんな佐田希依は、恋する乙女のような態度だった。そして、勝手に氷狩の部屋に入り込んできやがる。
「……、一応訊いておこう。なーンの用だ?」
「なんの用でもないよ? ただ、既読になったのに返事してくれないから、心配になって来ただけ!」
「そうか。オマエ、自分の年齢知ってるか?」
「23歳だけど?」
「その通り。なんと、おれより年上だ。それなのに、乙女みてェな態度してるんじゃねェよ」
「えーっ! なんか文句あるの?」
「文句以外つけられないなぁ」
目をキラキラさせている女子相手に言うことでないかもしれないが、氷狩は前の世界での佐田希依の印象を拭えない。口開けば悪態ばかりついてきて、タバコをくわえた途端に消臭剤をかけてきた佐田への悪印象を。
「まあ良いや。氷狩くん、いつデートしてくれるの?」
「ほうほう。デートの約束なんて酔狂なモンしてたのか」
「メッセージ、ちゃんと見てよ!」はにかんでくる。
正直、気味が悪い。佐田希依という女は、もっとこう、露悪的だったからだ。氷狩のことが本気で嫌いだったはずだし、仕事のとき以外での業務連絡以外干渉し合う仲でもなかった。
それに、高校のとき、氷狩の喫煙を学校と警察に密告しやがって、学校をクビになった苦い過去もある。女を殺してやろうと思ったのは、あれが初めてだった。
なので、タバコの副流煙でもぶつけて追い出してやろうかと、氷狩は換気扇の下に立つ。
だが、
一点に集められた風が、ターボライターすらも貫通する勢いで吹いてきた。佐田がドヤ顔で人差し指を回している。この女、男集めて輪姦してやろうか?
「タバコなんてめっ! だよ! ほら、そんなになにかくわえたいなら私の乳首でも──」
(考えてることと言語がほとんど一致していやがる……。神谷みたく、本音と建前も使ってないんだな。よし、シックス・センスの真髄を試してみよう)
意思を〝受信〟し〝改ざん〟して〝送信〟する。正直言われても訳が分からないが、ならば実行して慣れていくしかない。
(んん……。これが意思? 数字や文字の羅列だな。まあ良いや。これから1文字抜いてみよう)
時間にして3秒。氷狩は半ば無理やり、佐田が使ってくる能力を引き剥がすことに成功した。風が飛んでこなくなったことを確認し、氷狩は今度こそタバコに火をつけるのだった。
「はー、うめェッ」
佐田を見下すように見下ろす氷狩だが、青年は勘違いしていた。恋する乙女モード、というか発情期に入った佐田は、侮蔑の目つきで見られても感じてしまうことを。
「ああ、良い。その目つき、ホントに良い……」
目がチーズのごとく溶けていた。氷狩は目を見開き、
「気持ち悪ッ! オマエ、悪いクスリでも食ったのか!?」
「氷狩くんの目、やっぱり良いよね……。冷徹でヒトの心がなさそうだしさぁ」
「馬鹿にしてるンかよ?」目を細め直した。
「ああ、ヘブンまでイッちゃいそう……」
氷狩は本気で迷った。彼女の溶け始めた目に、タバコを押し付けて追い出すか。




