012 飯食わされて犯されるのはゴメンらしい
「なるほど。前いた世界とあんま変わんねェようだ」
『そうなのか? まあ、平行世界だったらあり得るわな。ああでも、神谷の仲間のひとり、佐田希依はオマエへ露骨に発情してたよ。寝込み襲われそうになった、ってオマエは言ってた』
「佐田が? マジか」
『なんでだ?』
「アイツ、前の世界じゃおれのこと、汚物としか捉えてなかったからな。ヤニカスのアウトロー気取りって」
『あべこべ世界なのかもな。ここは、オマエにとって』
「とことん嫌な世界だぜ。柴田、とりあえずありがとな。あと、合コンするか?」
『オマエの頼みなら断りづらいな』
「本心は?」
『あんなメス豚どもと、飯食わされて犯されるのはゴメンだ』
「だろうな。神谷に断りの連絡入れとくよ」
『ああ、どうも。またなんかあったら、連絡してくれや』
「そうするよ」
通話を切り、氷狩はじっくり神谷とその仲間たちについて考え込む。
(神谷はおれ以外にも、何人か仕事仲間を抱えてる。佐田、山手夕実、サラ。あっちの世界での好感度は、サラが一番マシ。山手にはまあまあ嫌われてて、佐田からは汚物扱い。となれば──)
普段、神谷と柴田以外からのメッセージ通知を切っている氷狩だが、好奇心であえてアプリを開いてみる。佐田や山手、サラという国籍不明の女たちがどのような反応をしているのか興味が湧いたのである。
『メッセージ:999件』
「天井届いてるじゃねェか。誰だ?」
一番メッセージ数が多かったのは、佐田希依だった。彼女だけで523件溜まっている。ひとまず覗いてみることにしよう。
『フォトジェニックに載せてたラーメン屋、美味しそうだね。今度いっしょに行こうよ』
『トレンダーでポセイドンズ10連敗愚痴ってたけど、私野球にも興味湧いてきたな』
『最近眠るの、早くない? ちゃんと鍵閉めて寝てね』
「ストーカーされてるな」
フォトジェニックやトレンダーといったSNSアプリを、氷狩は鍵アカウントで使っている。しかも裏社会のつながり的に、フォローやフォローバックなんてしているわけがない。一応確認したが、どこにも佐田希依の名前はなかった。
「こりゃあ、寝込み襲われたのも納得だ。でも、警察に垂れ込んだところで、今までの余罪調べられて捕まると思ったんだろう。ま、無視できないけど無視するのが正解か──」
そのとき、
インターホンが鳴った。氷狩はタクティカルペンを片手に、玄関口まで向かう。
ドアを開け、氷狩は深い溜め息をつく。
「氷狩くん! 既読になったのに返信しないなんてひどいよ!」
黒いボブヘア、八重歯、くりくりして純粋そうな目つき。背丈は180センチの氷狩よりはるかに小さく、150センチ後半といったところか。
ここまでは前いた世界と変わりない。変わっているのは、彼女が能力者であることと、氷狩に対してストーカーじみた執着心を持っていることだ。




