早田 光
仕事を終えた光が
愛車CBR250に乗って
自宅に帰って来たのは
22時前だった。
都営団地の4階に
両親と妹と4人暮らし
3DKの間取りでは
光の部屋は
中学2年の妹と
2人で共用である。
晩御飯を食べ終えた光は
妹が勉強している部屋で
腕立て伏せを始めた。
『お兄ちゃん、
トレ-ニングするなら
居間でしてよ?』
妹の夕子のクレ-ムが
聞こえないように
カウントを呟きながら
光は腕立て伏せを
続けている。
『ねぇ、お兄ちゃん
今週は静岡県でレ-スなの?』
夕子の質問に
少し苦しそうな声で
『三重県だ』と答える。
『栃木とか宮城とか
遠くじゃなく埼玉とかなら』
『ウチも、毎回応援に
行くんだけどな』と
勉強するのを止めて
呟いている。
『いいよ、来なくて』
苦しそうな声で答えると
『せっかく、ウチが
応援に行ったげるって
言っているのに』と
彼女が反論をした。
『来るだけで金が
かかるだろ?』
『俺とバンさんだって
車中泊しているんだぞ』
そう言うと
『お兄ちゃんがチャンピオンに
なったから』
『ウチも億万長者になれると
思ったんだけどな?』と
夕子はもらしている。
『日本国内じゃ
ロードレ-スだけで
生活出来ている人は
ほんのひと握りだよ』
腕立て伏せを終えた光が
腹筋運動に体勢を変えながら
夕子に説明している。
『でも、お兄ちゃんは
高校卒業したら
海外に行くんでしょ?』
そう聞かれた光は
『上手く行ったなら、な?』と
苦しそうな声で答える。
『そうしたら、高校に入学したら
ここは私だけの部屋だ』と
夕子は嬉しそうに
笑っていた。
その発言を苦笑しながら
光は聞いている。
早田 光
16才で全日本J-GP3クラスの
最年少チャンピオンになった
バイクレ-ス界の期待の新星
昨年度のシ-ズン途中から
老舗チ-ムやメ-カ-から
注目を浴びて
年間チャンピオンが
決まってからは
多くのオファーが
殺到してきたが
全て断っている。
それは光が
バンさんと2人一緒で
チ-ムダイナであると
決めていたからだ。
少ない予算で戦う
2人での弱小チ-ムで
レ-ス活動は厳しい
資金難の為に
非合法である
Black Expressで
稼ぐしかないのであった。
現役レ-サ-とて
公道では一般人と同じ
交通違反をすれば
罰則も受けるし
免許取り消しにもなる。
人身事故なんて
起こしたら一発でアウトだ。
プロライセンスの更新が
出来なくなる可能性もあるので
レ-サ-によっては
公道では走らない人も
いるくらいである。
交通違反の常連で
無認可のバイク急便は
黒い姿で秘密裏に
行う必要があったのであった。
光は早い段階で海外志向が
強かった。
だから校則が厳しい事は
分かっていたが
帰国子女や交換留学生も多い
私立ガイア学院高校を選んだ。
ガイア学院は英語に
チカラを入れているだけでなく
高校としては珍しく
第二外国語が選択授業である。
希望者には第三外国語も
受けることも可能だ。
講師は勿論ネィティブの
外国人の教師で
フランス語とイタリア語が
学べる高校は少ないだろう。
高校を卒業したら
ヨ-ロッパに渡るつもりの
光には絶好の環境であった。
高校の3年間で英語、フランス語
イタリア語を学ぶ為に
英会話学校に通ったら
いくら、かかるだろう?
そこまで考えて光は
この学校を選んだ。
中学の3年間と高校の1年間
合わせて4年の間
自分自身でみっちり
英語を勉強してきた光は
英語圏の4才児と
同じレベルの英会話力が
備わっている。
幼稚園の年中なら
日本の子供でも
大人顔負けに口達者な
子供がいるので
光の英語力も
それくらいであろう。
ゆえに光は英語が得意科目であり
おそらく学年で1番であると
思われる。
なので学校の休み時間になると
光の席には男女問わず
英語の勉強を聞きにくる
クラスメ-トが多い
その被害をモロに
受けているのは
隣の席のレナだろう。
席替えをするまでは
リラックスタイムであった
授業と授業の間である
休み時間が1番騒がしくなっている。
最初は呆れていたレナも
途中から感心して
光の対応を見ていた。
自分のリフレッシュタイムは
必要ないの?
普通の学生なら
休み時間には
トイレに行ったり
友人と喋ったりして
頭を休める
小休止が欲しい筈なのに
常に光の元には
友人達が集まって来ており
客観的に見ていても
更に疲れそうだと思うのだが
彼はイヤな顔もせずに
友人達に接している。
隣の席になって
レナは知ったのだが
光は授業中は居眠りはせずに
真面目に授業を受けている。
たまたま友人の波が消えた
休み時間に
レナが光に質問をした。
『あなたは、休み時間も
友達に勉強を教えていて』
『面倒臭くないの?』と
イジワルな感じで聞いたが
彼は笑いながら
『困っている奴がいたら
助けるだろ?』
『それと同じ感覚だよ』と
事も外もなく答える。
自分が疲れている時に
他人を助ける事が出来るか?
レナは自問自答する
その答えが出た時に
レナは光に聞こえない位
小さな声で
『昔と変わってないのね』と
呟いた。
当然、彼には聞こえず
『今、なんて言った?』と
レナに聞き返したが
『なんでもないわ』と
言われて、誤魔化されてしまい
その会話は終了したのである。