溶ける氷
大悟レナをテレビ局へ
送る2日目
今日からレナ単独で
待ち合わせ場所の公園に
歩いて来て
Black Expressと合流する事と
なっている。
彼女としても
学校前に黒ずくめの
彼らに待たれて
そこからバイクで
送られて行くのには
目立ち過ぎて抵抗があった。
レナが謝った事を
光から聞いていた
バンさんは
早速、手のひらを返したように
『昨日、不快な部分は
ありませんでしたか?』と
彼女に紳士的に確認すると
『急ブレ-キもなく
早くて安全運転で良かったです』と
レナが笑顔で答えたのを見て
『お褒め頂き光栄です』と
普段、絶対に言わない言葉で
彼女をもてなしている。
そんな話をしている時に
ワンボックスから
Black Expressの
正装である
黒いメットに
黒ツナギに黒グローブ
黒ブ-ツの光が現れた。
『お待たせして、すいません』
バンさんがレナに
媚びを売るように
頭を下げているが
その姿を見てレナが
ケラケラ笑っている。
こんな顔して笑うんだ
タレントに成れる
美少女の笑顔に
ドキっとしながら
黒いCBRのエンジンをかける。
すぐにレナが後部席にまたがり
光にしがみつく形になり
Black Expressは
出発して行った。
2人が見えなくなるまで
見送っていたバンさんは
『光の代わりに
明日から俺がやろうかな』と
独り言を呟いている。
そのくらい初日の彼女と
今日では印象が違う
昨日が悪魔モ-ドなら
今日は天使モ-ドであろう。
その感じは光も感じており
『今日は、何か良い事でも
あったんですか?』と
質問をしてみた。
学校の球技大会で
種目決めをした以外は
普通に授業を受けただけの
印象しか隣の席で
持たなかった光が
不思議に思い
質問をしてみると
『良い事って
訳じゃないんですけど』
『学校で、ちょっとあって』と
嬉しそうな声で返答してくる。
それは、あんに
『聞いて?』と言っているようで
光も、それを察して
『学校で何か、
あったんですか?』と
更に質問すると
『今日、球技大会の
出場種目決めがあったんですけど』
『希望通りの種目に
出れる事になったんです』と
嬉しさを隠さずに
ウキウキした声で
インカム越に発表している。
やっぱりドッチボ-ルに
出たかったんだ。
そう思った光が
彼女に話を合わすように
『良かったですね』
『クジで当たったり
したんですか?』と
聞くと
『いえいえ、隣の席の男子が
私を推薦してくれたんです』
『それが一番嬉しかったんです』と
予想外の答えが返ってきたのだ。
マジか?
教室で、あの態度の氷姫が?
所さんの『笑ってコラえて』に
出演している佐藤栞里の
笑顔の裏に何かある?くらいに
光は疑った。
するとレナは
『私いつも学校で1人ボッチで
寂しかったんです』と
身の上話を始めてきたのである。
『私コミニケーション能力が
全く無くて』
『昨日も、お二人に
失礼な事を言ったみたいに』
『学校でも、本心とは違う
態度を取ってしまい
相手を怒らせてしまって』
『家に帰って反省して
体育座りで落ち込んでいるんです』
光は驚いて言葉が出ない
俺は隣の席の早田光だぞ
彼女が自分だと知らずに
喋っている事は
彼女自身の秘密の部分で
俺が当人だとバレたら
一生許されない大罪では?と
感じて
話を変えるように
『そう言えば昨日の
テレビ初出演をどうでした?』と
ソッチ方面の話をすると
『そうなんですよ』
『緊張している間に
あっという間に1時間が
終わってました』と
話に乗ってきた。
良かった、話が逸れた。
そう思った光が
『失敗もせずに
成功したんですか?』と
更に質問をすると
『失敗も何もないと言うか
その他大勢で20人くらい
いる女の子の1人で』
『ひな壇の1番後ろに座って
笑っていただけでした』と
さっきより
ト-ンダウンして話をしている。
その話を聞いた光は
ちょうど信号待ちで止まった時に
『良かったですね』と
明るい声で彼女に
声をかけた。
それを聞いたレナは
意味が分からなかった。
スポットライトを浴びずに
ひな壇の、その他大勢の扱いが
良かった?
光が解説するように
『1番最初が、1番怖いんです』
『デビューの時に何も
トラブルが起きなかった』
『今後、レナさんは
何度もテレビ出演をされると
思いますが』
『スタートでトラブルが
起きなかったって事は
これからは成功体験が
増えていくと思うんです』
『成功体験の積み重ねは
やがて自分の自信に
繋がっていきます』
『デビュー戦でコケたら
トラウマになっちゃうでしょ?』
『そう言う意味で
良かったですね、って
言いました』
そう説明を聞いたレナは
衝撃を受けている。
成功体験を積み重ねて
自信をつける。
いつも拒絶をしていた
彼女にとっては
驚きの考えだった。
『私が自信をつけた?』
レナが自問自答するように
ライトに聞くと
『少なくとも俺には
そう思えました』
『昨日と違って
学校の話を自分からしてきたり』
『今もテレビ局に行くのが
楽しみなように感じます』と
光に言われて
『私、そんなに浮かれて
いましたか?』と
恥ずかしそうに
レナが聞いて来たので
『楽しそうだと
コッチも、ご機嫌になります』
『笑顔は周りの人も
幸せにしますから』
『ほら、楽しい会話でしたから
あっという間に着きましたよ』
光にそう言われて彼女は
テレビ局に着いた事に気付いた。
光にヘルメットを渡して
別れる時に
『今日も成功体験を
増やしてきますから』
『明日も、お話を聞いて
貰えますか?』と
彼女が聞いてくる。
『もちろんです』
フルフェイスのバイザーを
少し開けた光が答えると
レナは満面の笑みで頷いていた。
コイツ氷姫だよな?
信じられない光は
走りながら
今日の事をはんすうしている。
厚く冷たい彼女の氷が少しずつ
溶け始めたのであった。