誤解
光がエンジンに
火を入れた瞬間
CBR250RRは
目を覚ましたように
排気音を鳴らす。
『頼んだぞ』
バンさんに、そう言われた光は
『去年の決勝に比べたら
全くの平常心だよ』
そう言って氷姫を
タンデムシ-トに乗せて
走り出した。
公園に残された
バンさんとマネージャ-は
Black Expressが
見えなくなるまで
見送っている。
『本当に大丈夫なんだろうな?』
マネージャーの東が聞くと
『アイツか?』
『アイツを誰だと
思っているんだ?』
『史上最年少で
年間チャンピオンに
なった男だぞ』
『サ-キットでコケない男が
公道で転ぶ訳ないだろ』
そう言って笑っている。
レナは、ついさっき
『不気味』と発言した事が
ウソのように
両手で光の身体を掴み
背中に身体を押し付けていた。
光は喋ったら
バレてしまうので
話し掛けるつもりは
なかったが
同じ年の美少女が
身体を密着させていると思うと
変に意識をして
緊張してしまい
話しかけられていない事が
事実であった。
公園からテレビ局までは
車なら1時間以上
かかってしまうが
渋滞の中を縫うように
車の間を抜けていける
バイクなら30分で
到着出来るであろう。
出発して5分ほどした時に
『ライトさん、話し掛けても
平気ですか?』と
彼女が聞いてきた。
至近距離だが
ヘルメット越しの
インカム音声なので
クラスで聞いた彼女の声が
少し、こもった感じに聞こえる。
この感じなら喋っても
バレないだろうと
感じた光が
『大丈夫ですけど
何か、ありましたか?』と
聞き返すと
『先ほどは、すいませんでした』と
謝りだしたのだ。
信頼しきったように
光に身体を預けながら
氷姫から出た詫びの言葉に
ビックリした光は
『気にしていませんから
大丈夫です』と答えると
『昨日の夜から
テレビ初出演で緊張していて』
『一睡も出来ていないんです』と
不安な心境を吐露している。
その話を聞いた光は
彼女の意外な面を知って
驚いて声が出ない。
自信の塊みたいな
強気な女性だと
勝手に思っていた
氷姫の可愛い一面を
知った光は
『そんな大舞台で
緊張しない人間なんて
いないですよ』
『俺も、去年
大事な局面を迎えた前日』
『失敗したら、どうしよう?』
『恥をかいたら、どうしよう?』
『そう考えたら怖くなって
逃げ出したくなったんですよ』
『でも、さっきに一緒にいた
オッサンが』
『仮に失敗しても
お前は、まだ途中経過なんだよ、って
言ってくれて』
『すごく気が楽になったんです』
『俺は失敗しても
もう一回挑戦出来る』
『なぜなら、まだ
途中経過だから
これが最後の挑戦じゃない』
『そう思ったら気が楽に
なったんです』
その話を黙って聞いていた
レナは
『それで、結果は
どうだったんですか?』と
ワクワクした声で
質問をして聞いている。
『結果は優勝出来ましたよ』
そう言って
嬉しそうな声で、
光は自慢げに答えて
『何に出場されて
優勝されたんですか?』と
レナが更なる質問をしてきて
気がついてしまった。
この事は秘密だった
『すいません、今の話は
忘れて下さい』と
光の声が小さくなり
話が終わってしまう。
レナも光のテンションが
下がったのを感じて
彼らの事が、
正体不明を理解して
頼んだ事を思い出す。
ドライバーに徹して
任務を遂行する事に
戻った光に
『でも、ライトさんの
今の話を聞けて』
『私も、なんだか
頑張れそうな気が
してきました』
『ライトさん
ありがとうございます』
レナに、そう言われて
光は照れ臭くなり
『お役に立てたなら
光栄です』と答え
ヘルメットの中で
笑みを浮かべている。
渋滞が少なかった事と
光の運転技術が
優秀な事もあり
30分もかからずに
お台場にある
関東テレビに到着して
予定時間の16時より
15分も前に着けた。
『不安だったり怖かったり
しませんでしたか?』
安全運転をしたつもりの
光が、そうレナに
確認すると
ヘルメットを外した彼女が
『全然、大丈夫でした』
満面の笑顔で答えている。
やっぱり可愛いじゃんか?
ヘルメットで表情は
見えない筈の光が
真っ赤な顔になり
『それでは、また明日』と
言って軽く会釈をして
その場所から
バイクを走らせたのであった。
『こちら光です、
対象を無事送り届けました』
携帯をハンズフリーにして
バンさんに
任務終了を報告すると
『了解、そこから
中央区に向かって貰う』と
本来の
Black Expressの
仕事をバンさんが指示して
光は次の現場へと向かった。
夜21時過ぎに
バイクショップに戻って来た光に
『どうだった?』と
バンさんが質問した事に
『割と全部、順調でしたよ』と
光が答えると
『そうじゃねぇよ』
『レナちゃんを一カ月送る事に
障害はないか?って
聞いてんだよ』と
ジレた感じでバンさんが
クチを尖らせた。
黒いツナギを脱いで
高校の制服に着替えた光が
『走り出して、すぐに
不気味発言を謝ってきたよ』と
報告すると
『そんな、大事な事を
何故早く言わない』と
光に文句を言っている。
そんな事を気にせずに光は
『生まれて初めての
テレビ出演で』
『昨日は緊張で
一睡も出来なかったらしいよ』と
解説をつけ加えると
『それを聞いたら
明日の待ち合わせ場所で
謝らないと、いけないな』と
バンさんは
真剣に言っているが
光は別の事を考えている。
氷姫と呼ばれる彼女の
学校での態度
あれにも、もしかすると
意味があるのでは?
そう考え始めている。
明日、学校に行ったら
笑顔で話し掛けてみるか?
そう考えた光は
朝
教室に入り
既に自分の席に座っている
レナに向かって
『おはよう』と
話し掛けたが
チラッと光を見たレナは
『フン』と言って
ソッポを向いてしまった。
氷姫
仲良くするのは
難しいかも?と思う
光であった。