初ライド
『不気味だからイヤだ』
初対面で、そう言われた光は
怒りが瞬間で沸騰して
『だからイヤだったんだよ』
そう言ってワンボックスに
帰ろうとしたところを
バンさんに腕を掴まれて
制止された。
『レナ、なんて
失礼な事を言うんだ』
マネージャーのような人が
彼女を叱咤するが
当の本人は悪びれもせずに
『全身、黒づくめで
現れてきたら不気味でしょ?』
『ヘルメットを取って
顔を見せて挨拶をするのが
礼儀じゃない?』
『コッチは、
お客様なんでしょ?』
氷姫が自分の自論を
言うと
バンさんが
『お嬢さん、勘違いするなよ?』
『コッチは客を選ぶんだ』
『電車も車もイヤなら
歩いてテレビ局に行け』と
彼女を怒鳴りつけた。
『東、悪いな』
『ウチの流儀が
気にいらないようだから
他を当たってくれ』
そう言って
黒いCBRを動かして
帰り支度を始めてしまう。
『待ってくれ、バン』
『今、お前らに見捨てられたら
生放送に穴を開けて』
『こいつのタレント生命が
終わっちまうよ』
うろたえる
マネージャーさんを見て
彼女は自分がした行動が
失敗だったと気付いた。
『レナ、お前からも謝れ』
そう言われた氷姫は
慌て頭を下げながら
『どうも、すいませんでした』と
光とバンさんに謝る。
その姿を見たバンさんが
『ウチは非合法の運送屋なんで
ドライバーの顔や名前は
伏せています』
『それを了解して貰えたら
学校からテレビ局まで
アナタを時間までに送ります』
『こちらもアナタの命を
預かる形になりますので
私共の指示に従って貰います』
『それが約束出来ないなら
最初に言って下さい』
『今回の契約を破棄しますので』
バンさんは淡々と説明をする。
車を使っていたら
渋滞に巻き込まれて
テレビ局に遅刻してしまう。
新人タレントが
遅刻なんてしたら
2度と使って貰えない。
電車にはイヤな経験があり
混雑している電車には
怖くて乗れない。
学校を早退する案を
事務所に提案されたが
学校は早退したくない。
レナの要望を全てクリアする為に
事務所のマネージャー
東 幸太郎が
見つけてきてくれたのが
バイク急便による
送迎であった。
事故にあったら、どうする?
事務所社長の心配を
『是非、お願いします』と言って
無理を言って
採用した経緯がある。
バイク急便側から断られて
しかもテレビ局に
遅刻なんて事になったら
周りの人に迷惑をかけて
全てが終わってしまう。
『そちらの指示に
全て従いますので
学校からテレビ局までの
送迎をお願いします』
心のこもった、お願いを
彼女がした事で
バンさんも彼女を許したようで
『ウチも安全運転を
心掛けますので
ご協力をお願いします』
そう言って彼女に
頭を下げた。
学校から直接テレビ局に
向かうので
彼女は制服のまま
バイクの後部席に座る。
彼女達の学校も
女子生徒のスカートは
かなり短い
なので彼女には
ジャージのズボンを
用意するように
前もって伝えておいた。
すぐに彼女の身支度も整い
彼女用のヘルメットを見せて
説明を始める。
バイク仲間同士で
遠出をした時に
走行中でも話せるように
バイク用の無線がある。
無線越しなら
光の声だと
分からないだろう?
接点がないので
バレる訳ないと
光も考えていたが
まさか席替えで
隣の席になるとは
思わなかった。
喋る時は声色を
少し変えようと誓う
光である。
これからテレビ局に向かおう
そう思った時に
『あの、すいません』と
彼女が申し訳なさそうに
手を上げている。
まだ何か、文句があるのか?
光が振り返ると
『さっき、バンさんが
具合が悪くなったら』
『無線機で話せと
おっしゃっていましたが』
『ドライバーさんを
お呼びする時に
何て、お呼びすれば
良いのでしょうか?』
そう質問をしてきた。
顔も名前も隠すと言ってしまった。
黒いフルフェイスの
ヘルメットを被った光と
バンさんが見つめあう。
決めていなかった
そう思った2人だったが
『ライトと彼を読んで下さい』と
バンさんが彼女に言った。
それを聞いた光は
『マズいだろ』と
リアクションしたが
後の祭りである。
先週、光を取材した
イギリス人の記者が
『Mr.light』と言っていた
それを思い出した
バンさんであった。
だが彼女は
バンさんの発音が悪いのもあり
『right』と思い
運転する際の
まっすぐ進む、右に曲がると
勝手に変換していたのである。
『ライトさん、
よろしくお願いします』
さっきまでと違い
笑顔で挨拶して来た彼女に
『こちらこそ、よろしく』と
ドギマギしてしまい
やっぱりタレントになるだけあって
笑顔は可愛いと思う光であった。