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五月の風  作者: 富永 真一
2/5

理由


 今日は彼の墓参りだ。

 駅からの送迎バスが僕たちを小高い丘にある新しい墓苑に届けた頃には、もう時計の針は正午を回っていた。


彼らはまるで遠足に来たかのように談笑をし、桶に水を入れながら話しに花を咲かせていた。


去年亡くなった友人の墓参りには少し場違いな明るさに僕は戸惑っていた。


しかしこれが早すぎた死を遂げた友人の死を受け入れる彼らなりの作法であるのだと自分に言い聞かせ、


彼らの後ろから少し距離を置いて後輩たちに寄り添うように歩いた。


彼らの後姿を見ながら、友人を喪ってからのこれまでの間、

彼らの心に渦巻いた悲しみや葛藤を共にできなかったことを悔やんだ。


後輩たちの背中の向こうに見えるきれいな墓石が曇り空から届く陽光にぼんやりと光る墓石が目に入る。


誰から勧められる訳でもなく僕は前に出て念入りにぴかぴかな墓石を磨いた。


冷たい水で墓石の裏側も素手で磨く。

見ていた後輩の一人が僕の真似をして一緒に素手で磨き始めた。


「まだ水が冷たいですね」


「そうだね」


後輩たちと心和む時を過ごしながらも、はっきりと感情になり切らない思いが僕の中で渦巻いていた。


花を供え、一人ひとり順番に線香を供えて合掌する。


合掌する後輩たちの後ろでは、相変わらず和やかな空気が感じとれた。


供えられた線香から出る煙は墓石をぐるりと撫でて、

僕たちにその香りだけを残して見えなくなった。


僕の吸い込んだ煙の香りも、

微かな甘さだけを鼻腔に残して消えた。 


祈りを終えて正面から横にずれた僕の目に墓石の横に刻まれた、

二十三という享年と、

平成二十年五月十八日という日付が飛び込んできた。


新しい墓石に刻まれたその文字たちは不思議に凛々しく見えて、

文字の溝に入り込んだ水を今にも勢いよく弾いていてしまいそうだった。


平成二十年五月十八日。その日、自分は何をしていたか。


僕は懸命に思い出そうとしたが、

すぐには思い出せなかったので、

かわりに墓に向かって代わる代わる合掌する後輩たちの横顔をただぼんやりと眺めていた。


ー彼は何故、逝ってしまったのだろう―


何度も浮かんでは打ち消した問いがまた浮かんだ。

僕には一生判らないし、

敢えて知ろうとも思わない。

ただ、

未来ある自らの人生を絶つほどの理由が、

彼にはあったのだろう。


絶望か、

迷いか、

疲労か……


僕は一瞬の内に浮かんだいくつかの自分の想像を、すぐに打ち消した。


ー僕には想像することすら許されない。


一人の人間が苦しんで死んでいった。

今さらその理由など知って何になろう。


いくら手を伸ばしても届かない遠い異国の空の下で、

自死という最期を遂げた息子の死を、

彼の両親はどう受け止めたのだろうか。


そして、恋人である彼女はいつ、

どこでその知らせを聞いたのだろうか。


彼らの苦しみと悲しみはいかほどであったろう。


そして、今もなお、最愛の彼を喪失したという事実は彼らの中でいくつの傷を疼かせ続けているのだろか。


青木君の死の核心に迫れない僕は、その周辺にある様々なことに思いを巡らせた。



 僕の横に立っている彼女は代わる代わる墓石の前に来ては合掌する後輩たちに自分も合わせるようにその都度合掌している。


 改めて彼女の肩を見た。


一際小さい、か細い肩が黙って祈りを捧げていた。


思いにつまり、溜息をついた僕に、合掌をしながら顔だけを僕に向け、

にっこりと笑って見せた。

嘘のない笑顔だった。


彼女の優しく穏やかなその笑みは、容赦なく僕の喉を突いた。


涙を堪えて、僕は空を仰いだ。重く厚い雲が流れていく。


 暗い空は青木君を逝かせたイギリスの空を思わせた。


               つづく

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