序
改札口の向こう側には、遠くまで続くどんよりとした曇天の空が見えた。
郊外のその駅に一時間半かけて着いたのは、ちょうど午前十一時だった。
ちょっとした小旅行の果てにたどり着いた駅は改札が一つしかない小さな駅。
改札口の外には彼の友人たちが集まっているのが見えた。
一年前の去年の五月、ゼミのOB会の後の飲み会で、久々に後輩たちに会った。
「そういえば、青木君は?」
誰か足りない気がした僕は、
言い当てたと少し得意げだった。
僕から投げられた問に、
後輩の一人が、少し落とした声で告げた。
「実は、亡くなったんです。先輩にも連絡しようとも思ったんですが……」
「……ほんとう?」
僕は椅子の背もたれにもたれて、天井を見上げた。
大きな備え付けの扇風機がゆっくり回っていた。
オレンジ色の間接照明が作り出す扇風機の陰がきれいだった。
広い天井にはいくつも大きな扇風機が同じようにゆっくりゆっくり回っていた。
驚きを隠せず、狼狽している僕に、その後輩は少し待って、彼の死は自殺だったと告げた。
僕は口の中に残っているソーセージの欠片をビールで流し込んでから言った。
「まじで?……」
くるくる回る大きな扇風機に、今吐いたタバコの煙が昇っていく。
その光景が妙にはっきりと見え、酒場の喧騒は一瞬遠のいた。
色白の肌、
痩せた体、
薄っぺらい安そうなジーンズ、
黒縁めがね、
おかっぱ頭・・・
彼の断片が、
一つずつ僕の記憶に蘇える。
終わりに彼のナイーブな笑顔がおぼろげに目を閉じた僕の瞼の裏に映った。
「青木君留学してたよね?日本に帰って来てたの?」
まわり始めた酔いと驚きとで冷静さを失くしそうな僕は、自分を取り留めておくためにいくつかの質問を矢継ぎ早に繰り出した。
「どこに留学してたんだっけ?」
「イギリスです」
「いつから留学してたんだっけ?」
「私たちが卒業した一年後です」
同じような質問を何度か繰り返したような気もする。
その大半の質問に僕の右側にいた女の子が穏やかに、しっかりと説明を添えてくれた。
少しずつ戻りつつある青木くんの記憶の中でその女の子は青木君の恋人だったことを思い出した。
喧騒でごった返す週末の酒場の真ん中で、
僕は煙たいような、息苦しいような、逃れようのないうっとうしさに包まれた。
飲んだばかりのビールが、
まるで二日酔いの頭痛のように僕の後頭部をゴツン、ゴツンと叩いた。
つづく