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異世界恋愛シリーズ

拝金主義の連中に聖女は時代遅れだと言われて追放されたので、好き勝手に生きようと思っていたら隣国の王子に拾われました。

異世界恋愛7作目です。今回は、出来るだけネタに走らないで真面目に書いてみました。

「グレミア。君は聖女に相応しくない」


 見た事も無い方達を引き連れて、司祭のステロ様が仰いました。背後には、私と同じ儀礼の服を纏った女性が連れられていますが、邪気が透けて見えます。


「そうですか、分かりました。ですが、今は『クセムシス』国の安泰を祈祷する7日儀礼の最中。私が降りるまでの間に、彼女に引継ぎをお願いしま……」

「そうではない、今直ぐ出て行け」


 問答無用。と言った具合で、私は儀礼の間を追い出されました。連れていかれる前に、私は努めて平静に言います。


「ステロ様。正気ですか? 代々、聖女達が捧ぐ7日儀礼があったからこそ、この国の安泰は保たれていたと言うのに」


 私の抗議に対して、皆が笑い声を上げました。私と同じ衣装を纏いながらも、清らかさを微塵も感じられない女性が言います。


「アンタ。マジで思っている訳? 祈りや願いで何とかなるなんて時代は終わってんのよ! これからは金よ、金!」

「よせ、マニス。教典と歴史ばかりを学んで来た聖女には難しすぎる話だ」


 周囲の哄笑は止まりません。もしも、これが何も知らない部外者が言っているなら未だしも。司祭様まで仰っているのですから、病巣は相当に根深いのでしょう。悔しいという感情は湧きませんが、出て行けと言われれば従うまでです。


「そうですか。時代と言うのなら、仕方のない話です」

「話が早くて助かるよ。荷物はまとめておいてやった。さっさと、この国から出て行け」

「国からですか?」

「お前は前時代の象徴だから。いられたら、何時まで経っても国が古臭いままだ」

「……分かりました。今まで、お世話になりました」


 儀礼を取りやめ、私は部屋から出て行きます。ご丁寧に荷物はまとめてくれていた様で、準備をする手間は省けました。

 この国で生きて来た私に、他所のアテなどあるはずもありません。だからと言って、この国に留まれば何をされるか分かった物でもなく。どうした物かと考えている内に、グゥとお腹が鳴りました。


「(7日儀礼の間は粗食だったし)」


 神に祈りを捧げている間は、敬虔な存在として立ち振る舞う為に食事も控えていました。ですが、今の私は一般人にしか過ぎません。

 街中を歩いていると香ばしい匂いが漂ってきました。チラリと見れ見れば、そこには贅と怠惰の証である酒場がありました。聖女だった頃には、立ち寄る事すら許されませんでしたが、今の私は欲望に塗れた一般人です。


「いらっしゃい!」


 我慢できずに入ってしまいました。ここでも笑い声が響いていますが、ステロ様達の物ほど不快ではありません。ボーっと突っ立っていると、「座らないのか?」と促されたので、空いていた席に腰を掛けました。


「注文は?」

「何があるんですか?」

「そうだな。今日のお勧めは豚だな! 豚を焼いたのが美味いんだ!」

「ならば、それで」


 元気よく返事をして店主は引っ込んで行きました。肉を口にする日が来るとは思いませんでしたが、聖女ではなくなったので色々と試してみたいと思います。

 少し待つと、目の前には熱せられた鉄板の上に置かれた平べったい物が運ばれて来ました。フォークとナイフも用意されているので切り分けて、食べるのでしょうが。


「あ、悪ぃ! いつもの癖で作り過ぎちまった! 値段は変わらねぇから安心しろよ! ガハハ!」


 お代を渡して、早速チャレンジしてみます。フォークで固定して、小さく、小さく切り分けて口に運んでいきます。意外と柔らかいことに驚きましたが、口の中に油が放り込まれたようです。

 何とも言えない食感に苦戦していると。目の前の席に男性が腰を下ろして来ました。均整の取れた肉体に何処となく上品な雰囲気が漂っています。


「なぁ、アンタ。もう腹いっぱいじゃないか? もう満腹じゃないか? 食が進んでない様に見えるぜ?」

「かもしれませんね」

「だったら、俺にくれねぇか? 天からの恵みを粗末にするのは、罰当たりだ。それに、飯食ってなくて腹が減っているんだ」


 半分ほど食べた所で満腹になっていた私には、願ってもいない提案でした。食物を粗末にするのは心苦しいですし、飢えた者に施すのは当然の振る舞いです。


「良いでしょう」

「助かる!」


 ぶつ切りともいい程の大サイズに切り分けて、次々と口に放り込んで行きます。実に食し慣れた様子で、彼は料理を平らげていました。


「よく食べますね」

「おかげで腹がいっぱいだ。助かった! 何か礼がしたい!」


 元より、見返りを求めた訳ではありませんが、相手が奉仕を望んでいるのなら応えるのもまた義理と言う物でしょう。


「では、貴方の国へと連れて行って貰えませんか?」

「……は?」

「身なりや恰幅から見て、ご家庭に恵まれているのは察します。そんな貴方が食事を乞う状況が如何なるものであるかを考えれば……旅の途中で、路銀が尽きたか、盗まれたか。ではありませんか?」


 私が指摘をすると、目の前の男性はポリポリと頭を搔いていました。言葉を探している所を見るに、図星だったのでしょう。


「アンタ。何者?」

「グレミア。先程まで、この国の聖女だった者です」

「……マジだったのか」


 言い方が多少引っ掛かります。何も知らなかったので驚いたというよりも、自分の中の推測が的中したかのような驚き方です。


「貴方は何者で?」

「アルベールだ。隣国『ドルマハット』のボンボンって所だな。観光に来ているんだが……大丈夫なのか? この国は、聖女の7日儀礼で安泰が保たれているんじゃないか?」

「私達の力よりも、自分達の力を信じたのです」


 ならば、行く末を見守るだけです。案外、本当に自分達だけで何とか出来るかもしれません。ただ、アルベールは聖女の私に興味津々な物で。


「なぁ。聖女ってのは、どんな仕事をしていたんだ? 7日儀礼って言うのは何をするんだ?」


 と、色々と質問をしてきます。話しても良いのですが、何時までも席を占領していては迷惑だと思ったので、一旦。場所を変えることにしました。


「聖女の仕事。と言っても、多岐に渡ります。私は主に、地脈の安定化を行っておりましたが」

「地脈?」

「この国の大地を走る力です。温泉や鉱石等、色々な資源を調査する役割も担っていました」

「あぁ! 温泉! そうそう、寄ってみたいと思っていたんだよなぁ。てことは、7日儀礼を行うのも、その関係なのか?」

「そうですね。7日間掛けて、国中の地脈を把握する。大事な仕事です」


 何処かに乱れが生じていれば、修繕をする。それを途中で放り投げたらどうなるのか。今は、治水等の技術も発達していますし、自分達で何とかできるのではないか。と考えています。


「おい、本当に大丈夫なのか?」

「私を追い出したということは、大丈夫なのでしょう。それで。貴方の国へ連れて行ってくれるのですか?」

「戻るには準備が必要なんだ。その……」

「多くはありませんが、この路銀を使っても良いですよ」

「本当か!? 嗚呼! アンタは本当に聖女様だ!」


 何か釈然としない物を感じますが、旅に関してはまるで知識が無いので彼を頼る外ありません。ということで、まずは旅支度として買い出しに行くことにしたのですが。


「なぁー、店主。この娘を見てくれ。どうだ? 見覚えは無いか? そう! 何と! あの聖女グレミア様だ! 施したくならないか?」

「何、寝ぼけたと言ってんだ」

「干し肉を二人分。隣の国に行くまでの分を下さい」

「はいよ! しっかりした嬢ちゃんだな! 兄ちゃんのことを支えてやりなよ!」

「分かりました。しっかり、支えます」


 干し肉やら何やら、必要な物を買い回っているだけで時間は過ぎて行くもので。明日、出発することにして。今日は宿に泊まることになりました。


「疲れてないか? 馬は買えないから、明日は今日以上に歩くことになるけれど。大丈夫か?」

「そうですね。凄く疲れています。ですが、気分は悪くありません」

「この国から出て行けるからか?」

「いいえ。私は、今日。初めて、どういった人々の為に働いていたのかを知りました」


 昼間の酒場にいた店主。旅支度を整える為に巡った店で働いていた方達。いずれも気の良い人達ばかりでした。今更になった、心配が込み上がって来ました。本当に、大丈夫なのかと?


「今なら、止めても良いんだぜ?」

「いいえ。もう、決めたのですから」


 しかし、追い出された以上。この国に留まるのは危険です。誰の為に働いていたかを知れたことは喜ばしくもありましたが、彼らに知られること無く去らざるを得ないと言うのは、寂しくもあります。


「そうか。うっし、じゃあ早めに寝ちまうぞ」


 2人して、ベッドに入って瞼を閉じた直後、ガタガタと揺れを感じました。窓ガラスに振動が走っている所を見るに、気のせいではありません。


「地震。ですね」

「……まさか。な」


 幾ら何でも分かり易すぎます。しかし、こうした偶然もある物でしょう。揺れは直ぐに収まったので、私達は改めて眠ることにしました。


~~


「行ってらっしゃい。良き旅を」


 翌朝。少し早めに起きた私達は、宿屋の店主からサービスとしてパンを受け取ってから、街を出ることにしました。


「良い所だったな」

「そうですね」


 時間があれば、もっとゆっくりと見て回りたかったのですが、仕方のない話です。隣国へと向かう途中、アルベールはずっと話をしていました。


「正直、グレミアがウチに来てくれるのは喜ばしいことなんだ。ウチの国って、地震とかも多いし、鉱石資源は乏しいし」

「そちらでは聖女の雇用などは、行わなかったのですか?」

「こっちでも眉唾扱いなんだよ。だからな、俺は親父に言ったんだ。『今こそ、聖女の時代だ!』ってよ」

「だとしたら、私を連れて行った所で期待に沿えないかもしれませんよ」


 追い出された聖女。なんて物が信用されるかどうかは怪しいですし、何なら再び追い出されるかもしれません。


「いや、大丈夫! 自分の力を信じろって!!」

「何故、私にそこまでの信用を寄せてくれるかは分かりませんが、期待に沿えるようには尽力しましょう」


 旅路の間にも、お互いのことを話していました。と言っても、殆どはアルベールが話していたので、私が話せること等、仕事のこと位でしたが。


「グレミアは、どうして聖女になろうと思ったんだ?」

「なろうと思った訳ではなく、気づけば聖女でした。教会で生まれ育って、色々と教えられて、この仕事をしていました」


 なので、両親が居た記憶がありません。以前の司祭様は優しい方でしたが、何時の間にか辞めていました。


「辛いとかは無かったのか?」

「常に空腹だったことは憶えていますが、これが普通だと思っていました。私以外の子達も似た様な物でした」

「……悪い」


 申し訳なさそうにしていますが、特に辛いと思うことは無かったので、気に病む必要も無いとは思うのですが、余計な口出しは控えておくことにしました。

 こういった空気になることは何度もありましたが、アルベールはその度に新しい話題を切り出します。


「もしも、俺の国に来てくれたらさ。こっちでも7日儀礼みたいなことはできるのか?」

「儀礼の間の様な物がありましたら」

「それは、どういう物なんだ?」

「大地を走る地脈は、一定の場で重なるようにできているのです。国の首都はそう言った場所に建てられていることが多く、その中でも一番多くの地脈が重なっている場所を『竜穴』と言います」


 この事から地脈を龍脈と呼ぶ方もおられるそうですが、厳密には違うと言われていました。ただ、便宜上は力の集まる個所を『竜穴』と読んでいるそうです。


「それは直ぐにでも分かるのか?」

「分かります。出来れば室内であることが望ましいですね。もしも、外にあるなら粗末な小屋でも建てて貰えれば大丈夫です」

「そうか。分かった」


 話をしていると、何となく彼がどういった系譜に連なる人物であるかも伝わってきます。恐らく、かなり高貴な身分の方なのでしょう。それこそ、付き人を連れていないのが不思議な位に。

 幸いなことに。私達はトラブルなどに遭遇することも無く、隣国へと到着していました。すると、人々に一斉に声を掛けられました。


「おー! アルベール! 嫁探しの旅は終わったのか!」

「違ぇよ! 聞いて驚け! グレミアはな! 聖女なんだぞ!」

「ハッハッハ! そうか! じゃあ、ウチの女房は女神だな!」


 色々な人達に軽口を叩かれながら、歓迎されている様子が見えます。高貴な者にありがちな距離感と言うのが皆目見当たりません。


「嬢ちゃん! コイツの何処に惹かれたんだい!?」

「そうですね。聡明で機微に聡い所でしょうか」

「おいおい! アルベール! お前、一体。どんな口説き方をしたんだ!」

「俺の本質を見せちゃっただけだよ! じゃあ、付いて来てくれ!」


 彼らの会話を見ている内に、私は自然とほほ笑んでいた様で。暫く歩き続けると同時に、件の場所が近づいていることも分かります。


「この先に、竜穴がありますね」

「え? マジか?」


 見えて来たのは大きな城です。やはり、予想はしていましたが彼は相当に高貴な身分の人間です。門番の方達も頭を下げていました。


「アルベール様。お帰りになられましたか。後ろの方は?」

「隣国の聖女だ。ワケあって、俺が連れて来た」


 訝し気な視線を向けられますが。ステロ様やマニスと呼ばれていた女性に向けられていた物と同じでしたが、気にする物でもありません。だと言うのに。


「おい、俺が連れて来た来賓に礼を欠くような真似はやめろよ?」

「失礼しました」


 直ぐに姿勢を正して、私達は王城へと入りました。緊張の中、アルベールについて行った先は、更に多くの兵士に守られた場所でした。その先にいた人物は、予想できたものではありましたが。


「よく帰って来たな」

「カイル王、いえ。父上。第2王子、アルベール。ただいま、帰国しました」

「ほぅ。その様子であれば、聖女を連れ帰ってくることに成功したようだな。名前を何という」

「グレミア。と申します」


 自分でも声を出せたか不安になるほどの緊張感です。予想はしていましたが、やはり彼は王子であったようです。


「そうか。私は、聖女と言う存在を信じていない。証拠を見せろ。今から一時の猶予をやる」

「一時で!?」


 アルベールは驚いているようですが、問題はありません。私は彼の肩を叩きます。


「一時もあれば十分です。付いて来て貰えますか?」

「わ、分かった」


 私は勝手の知らない王城を歩き出します。何処に何があるかはまるで分りませんが、聖女として見慣れて来た物が何処にあるかは分かります。


「ここです」


 私が辿り着いた場所は幸いにして、何かしらの部屋でありました。アルベールは今までに見たことが内容な表情をしています。


「あの。一応聞いておくけれど、ここに何が?」

「竜穴があります。使わせて頂きたいのですが、許可を頂けないかと」

「あ、うん。いいよ。だって、ここ。俺の部屋だし……」

「あらま」


 そんなこともあるのですね。ただ、好都合ではあります。部屋に立ち入った時、地脈が集結している感覚がありました。


「俺は何をすればいい?」

「見ているだけで良いです。調整は時間を掛けないと出来ませんが、状況を把握するだけなら一刻もあれば十分です」


 部屋の中心部に立ち、目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。自分と他者の境界が曖昧になり、地脈の流れに沿って遠方の様子まで把握できます。

 アルベールも言っていた通り。この国は鉱石資源が地層深くに埋まっていることが分かります。また、地脈の流れも不安定であり、一部で力場が溜まっている様子も感じ取れました。即ち、地脈が乱れています。


「どうだった?」

「この国の鉱石資源が乏しいのは地中深くに埋まっているからです。それと、西方と北方の地脈が乱れており、地震や水害なども多いのでは?」

「……本物かよ」


 どうやら、的中していた様です。私達は直ぐに王の下へと向かい、報告をしました。周囲が騒めきますが、王は動じた様子もありません。


「では、南方と東方の特徴も言って貰おうか」

「東方では地脈が弱まっており、作物などが育たずに困っておられるのではないでしょうか? 南方は良い所です。地脈に流れる気も豊穣であり、民草の豊かな生活が思い浮かぶようです」


 私が先程得た情報を整理して伝えました。ふむ、と一つだけ頷くと。王はアルベールの方を見ました。


「アルベール。お前が連れて来たのは、どうやら本物の様だな。やって見せろ」

「あ、ありがとうございます!」

「息子をよろしく頼む」


 どうやら、認められたようです。私達は一礼して、アルベールの部屋まで戻って来ました。すると、彼は大きな溜息を吐きました。


「はぁ、緊張した。この国だと使えないとかだったら、どうしようかと思った!」

「私も使えて何よりです。それでは、ご所望していた様に?」

「あぁ。その7日儀礼って奴を頼みたい」

「分かりました。では、アルベール様には手伝いをお願いします」


 こうして、私はドルマハット国で再び聖女として働くことになるのでした。今度は、1人ではなく、理解のある方と一緒に。


~~


「よぅ! アルベール! グレミア妃殿下!」

「なんで俺は呼び捨てで、グレミアは敬称なんだよ!!」


 あれから、数か月後。この国での生活にも慣れて、私は皆から聖女として受け入れられていました。


「グレミア様! ウチの娘は聖女になれるだろうか!」

「見て見ないと何ともですね」


 今、私達は聖女としての跡継ぎを探すべく国内を行脚していました。幸いなことに、適性のある子達もそれなりに居たので、私が居なくなった後でもなんとかなりそうです。


「グレミア。大丈夫か? この行脚以外にも、聖女として色々と教えたりしないといけないんだろう?」

「その件ですが、実はアルベールにお願いがあります」

「お願い?」

「クセムシスから、身を引いた司祭や聖女を取り込みたいのです」


 昔ならば、眉唾的存在として煙たがられていたでしょう。しかし、今は私が打ち立てた実績もあり、邪険には扱われないはずです。……それに、人に物を教えるのは余り得手ではありませんし。


「そうだよな。最近のクセムシスからは良い噂を聞かないし」


 私が去った後、懸念していたことは起こってしまいました。地震を始めとした天災などが起こり、教会が私を追放した事実も露見してしまい、挙句『この国に起きている災禍は、グレミアが引き起こしている』と言い放ったのだとか。

 迫害されることを恐れた聖女や司祭達は、ドルマハットに避難して来ているらしいです。彼らを雇わない手がありません。


「……少し、心配にもなりますが」

「お前をぞんざいに扱ったってのにか?」

「私を捨てた者達に付いてはどうでも良いのです。ですが、被害を受ける民のことを考えると」


 数か月前。クセムシスから出ようとした時、私達に優しくして下さった方達のことを思い出します。彼らまで苦しまなければならないと言うのは、心が痛みます。


「隣の国のことだからな。口出しは出来ねぇよ」


 ですが、彼らが聖女の力を頼らないという方針を決めた以上。私達が勝手に出て行く訳には行きません。それに、今の私にはドルマハットのことがあります。他所の世話を焼いている余裕などあるはずが無いのです。


「分かっては、いるのですが」

「……長い話にはなるけれどよ。この国で、もっと聖女が充実したら。隣の国に派遣するだけの余裕も出来るんじゃねぇのかな?」

「だと良いですね」


 実現するわけがないと知りながらも、彼の優しさが染み渡ります。順風満喫、全てが上手く行っていて、幸せと言うのがどういう物かと言うことを噛み締めている時に、事件は起きる物で。


「カイル王! ご報告します! クセムシス国で大地震が起きたそうで! 避難して来た者達が!」

「分かった。住居の提供と炊き出しを行え。ただし、教会の関係者は入れるな。それと、アルベール、グレミア。お前達は残れ」


 蓄積していた歪が牙を剥いたようです。報告に来た兵士が慌てて戻って行く中、残された私達はカイル王の言葉を待ちました。


「お前達には二つの選択がある。避難して来た者達への慰問……と言う名目で、クセムシスを見捨てるか」

「……私が赴き、平定してくるか。ですね?」


 片方の選択が見捨てる。と言うのならば、片方は救うという選択肢になるはずです。この提案にアルベールが声を上げました。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんで、グレミアを追い出した国を助けなきゃいけないんだ!?」

「聞け。人道的な話と言うだけではない。国から追放され、貶められた聖女が自分達を救う為に帰って来た。その聖女が、私達に仕えていると知ったら?」


 間接的な乗っ取りとも言えるかもしれません。ですが、それが救いであることには変わりありません。どちらを選ぶか、言うまでもありません。


「カイル王。私はクセムシスへと赴きます」

「分かった。アルベール、貴様も向かえ」

「……分かった」


 低く、押し殺した様な声でした。申し訳なくも思いますが、私達は従者と共に早馬を走らせてクセムシスへと向かいます。


「これは……」


 暗澹たる状況でした。家屋は倒壊し、怪我人が悲鳴を上げる中。動ける人達や兵士達が彼らを介抱しながら、救助活動を続けています。警備に当たっている兵士が私達に気が付きました。


「お前達は」

「ドルマハットの者です。それと、この国に人道的な支援を行いに来ました」


 顔を覆っていたフードを外します。アルベールや従者の方達も息を呑み、兵士が声を上げました。


「お、お前は!! グレミアか!!」

「その様子ですと。私の名は有名な様ですね」

「当たり前だ! お前が出て行ってから国がおかしくなった! この国に呪いを残した魔女め!」


 どの様な噂が広まっていたかを実際に知ると、悲しみが沸き上がって来ます。彼らが困窮していたのを、見て見ぬフリをしていたことは事実ですから。


「おい、止めろ」


 興奮状態にあった兵士の肩を叩いたのは中年の男性でした。かなりの信頼を得ている御仁なのか、兵士が武器を降ろしてくれました。


「ありがとうございます」

「良いってことよ。アンタら悪そうなやつらに見えな……ん?」

「どうかされましたか?」

「嬢ちゃん。あの時、ウチでステーキ頼んで行った奴か?」


 ハタと。あの日の出来事が思い出されました。よく見れば、目の前にいる男性も多少人相は変わっていましたが、見覚えのある物でした。


「酒場の店主さん?」

「やっぱりそうか! 隣にいる奴も知っているぞ! へぇ! お前ら、夫婦になっていたのか!」


 目聡く、左手の薬指についているリングを見つけたようで。こんな状況にも関わらず店主さんはカラカラと笑っていました。アルベールも若干、緊張感が解れたように思います。


「アンタも兵士に?」

「違ェよ。この辺の奴らが困っていたから、まとめていたらな。何時の間にか兵士にも協力して貰える様になったんだよ。まさか、与太話だと思っていたけれど、本当に聖女だったとはなぁ」

「おかげさまで、こちらでは良くして戴いております。……そして、申し訳ありません。皆さんが、困窮していると言うのを知らずに」

「構わねぇ。俺達はアンタらにどれだけ支えられているのかも知らなかった。コイツはバチってもんだろ。悪かった」


 私達を責める訳でもなく、自分達の非を認めるとは。彼らのことを助けたい、と私は心から強く思いました。これは、アルベールにも伝わっていた様で。


「良いってことよ。もう少しだけ辛抱してくれ。俺達が何とかしてみせる!」

「頼んだぜ。もしもよ! 何とかなかったら! ウチに来てくれ! 腕によりをかけて御馳走を用意するからよ!」

「えぇ。楽しみにしています!」


 店主さんに別れを告げ、私達は教会へと向かいます。戻ることは出来ないかもしれませんが、再建された暁には再び。ここへと足を運びたいと思いました。



「あの聖女。帰って来ていたんだ……」



~~


 向かった先にあったのは、朽ちた教会でした。国に起きた災禍や不手際を責められ、色々とあったことは想像できますが、退廃に想いを馳せている暇はありません。


「俺達が先に行く」


 アルベールが先導して床が抜けないかなどを確かめながら、私は儀礼の間へと辿り着きました。この場所だけは、私が見た時のままでした。


「ここだけは整備されていたってのか?」

「力が集まる場所ですから、自然と状態が保たれていたのかもしれません」


 表に従者の方達を置いて、アルベールと共に入った先で。7日儀礼の準備を始めます。地脈は乱れに乱れて、あちらこちらから行き場を無くした気が噴き出しています。


「どんな状態なんだ?」

「酷い状態です。ここまで歪むとは思っていませんでした」


 全力を挙げるしかありません。集中力を高める為に儀礼用の衣服に着替え、食料を用意して……と、準備をしていると表が騒がしくなっていることに気付きました。


「何だ、貴様!」

「おい! 出てこい! 出て来いよ! 聖女!」


 従者の方達に抑えられながら現れたのは、マニスと呼ばれていた女性でした。私の代わりにアルベールが眉間に皺を寄せました。


「ウチの妻に何か用か」

「お前に用なんてない! この国を、いや! 私達をこんな目に遭わせて、よくも戻って来れたわね!!」

「この国は兎も角。貴方達がどんな目に遭ったのかは知りもしないのですが」


 知ろうとも思いませんが。その態度は相手にも伝わったようで、金切り声を上げて訴えて来ます。


「アンタらのせいで私達は糾弾されて! 罷免されて! 路頭に迷って! なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ!? なんでアンタらは本物なのよ!?」

「連れ出せ!!」


 従者に引き摺られて行きました。きっと、平穏があまりにも当たり前だったので、それが如何に成り立っていたのかを考えることも無かったのでしょう。

 今は優先すべきことがあります。失われた日常を取り戻すために、果たすべき務めを果たそうとして、戻って来るには早すぎるタイミングで扉が開かれました。そこには、幽鬼の様に目をギラギラさせた司祭だった男が居ました。


「話は本当だったようだな」

「ステロ様」

「この国は亡びるべきだ。お前と共に!」


 手にした短剣で切り掛かろうとしますが、文民だった彼の動きは精彩に欠く物で。瞬時に反応したアルベールは短剣を弾き飛ばし、ステロ様の鳩尾に拳を叩きこんで、膝を着いた瞬間に頭部を蹴り飛ばしていました。


「グハッ……」

「俺達の行く道にたちはだかるんじゃねぇ」


 戻って来た従者の方達が、今度は気絶したステロ様を叩き出していました。改めて、私は地脈の整理を始めます。


「7日間で済みそうか?」

「7日間で済ませます。これ以上、この国の人達に辛い思いをさせるのは心苦しいですし、それに」

「それに?」

「早いこと済ませれば、アルベールと一緒に過ごせる時間が長くなるから」

「……素面でそう言うこと言うなよ」


 外の世界に興味も持たず。聖女をしている意味も分からなかった私ですが、今は違います。

優しい人達が居て、守りたい日々がある。今は、こんなにも聖女である自分のことを誇らしく思えます。そう思えるようになったのは、誰のおかげか。考えるまでもありません。


「ありがとう。私を、ここまで連れて来てくれて」


 同じ場所、同じ景色。だと言うのに、思い浮かぶことは沢山あって。今の私には、地脈の流れも乱れも何もかもを捉えられる位に、思考も澄み渡っています。


「おう! 何かあったらすぐに言ってくれ!」


 1人じゃない。これから始まるのは聖女としての7日間ではなく、グレミアとしての7日間である。


~~


「いや、まさか。妃殿下さまにウチの店を選んでもらえるとは。光栄と言いたいんですが、本当に良いんですか?」

「えぇ。夫と一緒に楽しみにしておりましたので」


 クセムシスは平穏を取り戻すことが出来ました。追放された私が、人々の為に立ち上がったという話を聞いて、多くの人から感謝の声が上がりました。

 そして、私を追放し亡き者にしようとした司祭様達は、投獄され、同じ囚人達からも酷いイジメを受けているそうです。


「……全てはここから始まったんだよなぁ」

「そうでしたね。あの時、アルベールはどれだけ事態を把握していたの?」


 最初に会った時、彼は聖女の現状を知っている様に思えました。ある程度の目星をつけてからアプローチをしに来たものだと考えていたのですが。


「聖女の扱いが悪くなっている。って、ふんわりした情報しか知らなかった。実情はもっとヤバかったが」

「そうですね」


 思えば、あの時。もしも、彼と出会わなかったら私はどうなっていたのか。碌に知識も無い私が国から出ようとした所で難儀して終わるだけだったように思えます。


「財布を落としちまった先で、こんな運命に巡り合うとは思ってもいなかった」

「私も同じ」


 全ての偶然が上手くかみ合った結果。私は素晴らしい未来に辿り着くことが出来た。まだまだ、苦労や問題もあるのだろうけれど。


「俺達の未来に乾杯だ!」

「えぇ」


 これからも幸多い未来を願いながら。私達はグラスを打ち鳴らした。


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