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【74】近接


 残りMPは300程度。


 大技を再度繰り出すには、MPを回復する必要がある。


 転移でアトランティスへ向かったサハギンどものところへ行き、『奪魔の蛇骨牙槍』で攻撃することでMPを回復することは可能だろう。


 しかし、その分だけ目の前のファミリアがアトランティスに近づくのを許すことになる。


 それはできない。


 だから、サハギンを倒してMPを回復する手段は使えない。


 ならば回復する手段はあと一つだけなんだが……それで回復できるMP量次第では、時間稼ぎも儘ならず敗北することになるだろう。


『――それでもやるしかねぇッ!!』


 叫び、槍を保持する触手を8本に増やす。


 こちらを睥睨していたファミリアの右腕が動く。同時に下半身の触手も。


 次の瞬間には俺に向かって無造作に拳が突き出され、逃げ場を塞ぐように触手が器用に蠢く。俺がどの方向に回避しても捕獲することができるように、巧妙に触手の檻を形作る。


 だが、俺が回避するのはファミリアが想定していたどの方向でもない。


 ――転移。


 再びファミリアの背後に現れ、『触手術』に『鞭王術』『魔闘術』『魔装術』、そして「水中抵抗軽減」を付与して槍を振るう。


 俺の前面には巨大なファミリアの背中が巨壁のように聳えている。どのように槍を振るっても簡単に命中するだろう。


 しかし、力を込めた攻撃はしない。大ダメージは狙わず、ただひたすら素早く攻撃を繰り返すことに重点を置く。


 一撃二撃三撃四撃――、


『――チィッ!』


 瞬間、ファミリアがこちらを振り向くことなく触手を繰った。


 巨大な塔のごとき触手が、下方から俺を貫くように突き出される。


 ――転移。


 ファミリアの頭上に出現し、触手の一撃を避ける。


 触手でどこかを掴んで高速移動したところで、それはファミリアの攻撃を回避できるほどの速さじゃない。つまり、俺が攻撃を避けるためには転移に頼らざるを得ない。


 そして転移の消費MPは50だ。


 攻撃を強化するために消費するMPは、オーバーブーストしていないとはいえ、おおよそ20と少し。転移と合わせると70と少しだ。


 ちなみに現在、『氷精』はすでに切っている。


 回避から攻撃、そして回避までの間に最低でも70以上のMPが回復できなければ、すぐに詰む。


 ファミリアの頭上に出現してから急いで確認してみれば、MPは5MPくらい回復していた。転移を含めて諸々消費した分を含めて、だ。


 すなわち最低でも四回の攻撃をすれば、消費分以上に回復できる。一回の攻撃で20MPくらいを吸収できている計算。


『――いけるっ!!』


 イヴィル・ファミリアはサハギンどもとは比べ物にならないくらい、魔力が膨大だ。それゆえに倒さなくとも、そこそこの攻撃を加えるだけで相対的に大量のMPを吸収することができるらしい。


 何という僥倖!


 毎回4回以上攻撃し続けられれば、計算上はしばらく戦闘を長引かせることができる。


 俺はファミリアの頭部に5回攻撃を加えて、さらに転移。蚊を潰すように振るわれた奴の右手の平をギリギリで回避する。


 奴の左首筋付近へと出現し、4回の攻撃。転移。


 奴の背中側へと出現し、4回の攻撃。転移。


 奴の頭上へと出現し、5回の攻撃。転移。


 一瞬でも回避の判断が遅れれば、その瞬間に死ぬかもしれない状況。だが、ギリギリのところでこのチキンレースは上手くいっている。


 ――そう思っていたが、それは間違いだった。


 ちょこまかと逃げ回る相手に、少しでも知恵があるなら同じ行動を繰り返すはずがない。


 奴の頭上から腹側へと転移し、槍を振るおうとして――、


『――――ッ!?』


 突如として俺の体が激流に翻弄される。


 視覚を「空間識別」に頼っているから、嵐に巻き上げられた木の葉のように激しい動きの中でも状況を把握することができた。


 俯瞰した「視界」の中で、ファミリアの周囲に激しく逆巻く水流が発生していた。


 その水流によって、俺は洗濯機の中のタオルのようにぐるぐると回っている。


 ――転移。


 ファミリアと距離を取る。水流の外側数十メートルのところに回避する。


 激流とはいえ、ただそれだけだったからダメージは軽微だ。


『これ、どう――――ッ!』


 どうすんだよ、と呟こうとして。


 水流の壁の向こう側で、ファミリアが転移した俺の方へと右手を伸ばしたのを見た。


 その右手へ極大の魔力が集中するのを知覚する。


 嫌な予感。


 奴が何をしようとしているのか、正確なところは分からずとも、大体のところは想像するに容易い。とんでもなくファックなことだろう。


 想像通りだった。


 ――アクア・トルネード。


 奴の伸ばした右手の先から、横向きに生まれ走る巨大な海水の竜巻。その中には無色透明な海水の刃が、無数に乱舞しているのが「空間識別」で知覚できる。


 俺が戦闘開始の合図代わりに発動した魔法を模倣したのか、それとも最初から使えたのか。


 当然、魔法が使えることは想定していたが……想定していたからといって、対処できるかどうかは別問題だ。


 ――転移。


 奴の背後数十メートルの地点に転移する。「視界」の中では横向きの竜巻が激しく海を掻き乱しており、海面は嵐でも来たかのようにのたうっていた。


 明らかに俺が放ったアクア・トルネードよりも、規模も威力も上回っている。その上、奴は連発が可能なようだ。


 最初のアクア・トルネードが発動中にも関わらず、転移で回避した俺の居場所を魔力でも感知して察知したのか、背後を振り向く。そして右手を伸ばし、新たなアクア・トルネードを発動した。


『――――ッ!?』


 ――転移で回避する。


 いまだに奴の周囲には激しい水流が渦巻いており、槍が届く距離に転移することはできない。


 だから2本のアクア・トルネードの範囲外へ逃れる。しかしまた、奴は俺が転移で別の場所に出現したのを発見すると、アクア・トルネードを維持したまま、新たなアクア・トルネードを放ちやがった。


 ここまでされれば、嫌でも分かる。


 ファミリアは俺が回避する場所を潰そうとしている。


 そして実のところ、そんなことをされるまでもなく、もうすぐ俺のMPは尽きる。


『クッソォ……ッ!! こんなんどう考えても無理ゲーじゃねぇか……ッ!!』


 一時間足止めするどころか、たった数分でこっちが死にそうになっている。


 もう詰んでいるのだ。


 だから俺は、決断しなければならない。


 逃げるか、戦うか。


 普通なら逃走一択だが、最後の手段がないわけではない。


 たった一つ。


 たった一つだけだが、この状況から逆転できるかもしれない手段がある。


 時間はない。


 この手段を実行した後にどうなってしまうのか、それを考えると選びたくない手段だ。それでも、俺はそれに賭けるしかなかった。


 目の前に迫る極大アクア・トルネードを転移して回避する。


 そして、この転移がこの戦いでの最後の転移になるだろう。




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