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【72】突然の……


 空間魔法を利用した遠隔念話で、今日もネイアから話を聞く。


『それで、捜査に関して何か進展とかあった?』


『申し訳ありません、アクア様。まだ……』


 どうやら、まだ真犯人は見つからないみたいだな。


 実は俺も牢屋の中にいながら、犯人が新たに事件を起こすのではないかと、アトランティスの色んな場所を監視していたりするのだが、こちらも成果は上がっていない。


 いや、というか……、


『新しい事件は、起きた?』


『いえ。あの日から、殺人事件は一件も起きておりませんわ』


『そっかー……』


 どうもね、俺が監獄に入ってからというもの、一件も殺人事件は起きていないらしい。これって端から見るとさ、俺が捕まった途端に事件が止んだ……とも見えてしまうじゃないか。


 なんかこのせいで、俺が犯人だったという説を信じる人たちが増えているらしいのよね。


 ――いやいやいやッ!! 俺、マジでやってませんからね!? 冤罪だからね!?


 マジ勘弁してよー。何なの? 真犯人は俺に罪を擦りつけようとしてるんじゃないの?


 この調子で本当に冤罪を晴らすことができるのか……不安だ。


 そんな俺の心中を察したのか、ネイアがまた、申し訳なさそうに謝った。


『アクア様、申し訳ありません。わたくしたちの力不足で……』


『いや、気にしないでよ。ネイアたちは良くやってくれてるよ……』


 ネイアたちが本当に頑張って真犯人を探してくれているのは分かってるんだ。これ以上頑張れとか言えないだろ。


『必ず、必ずやアクア様の無実を証明してみせます。ですから、心苦しいですが、いま少しばかりお待ちくださいませ』


『うん。分かってるよ』


 ――という感じで、定時連絡……というか、今日の情報交換は終わった。


 それから俺は念話を切り、牢屋の中に意識を戻して考える。


 いやー、どうすっかなぁー。


 このまま冤罪を晴らせないまま刑を執行されるとかなったら、その時はもう逃げるしかないんだけど……やっぱりどうにか無実は証明したい。


 できれば真犯人を捕まえられたら良いんだけど。


 そのために何ができるのか。犯人を炙り出すために囮捜査? いやいや、たぶん犯人ってば俺に罪を擦りつけるために潜伏中っぽいよね。囮捜査をしたところで引っ掛かるわけがない。そもそも、被害者たちに共通点はなかったそうだから、囮すら用意できないだろ。


 打つ手無し……。


 結局は千里眼もどきで地道に探していくしか、今の俺にできることはないようだ。


 肺呼吸ができる体だったら、間違いなく盛大なため息吐いてるね。


 とはいえ、ネガティブに鬱々としていても仕方ない。俺は俺にできることをしよう。


 そんなわけで、千里眼もどきでアトランティスのあちらこちらを監視していく。


 どれくらいの間、そうしていただろうか。ふと――、


『――ん?』


 妙な動きをしている人々を見つけた。


 いや、妙っていうか、慌てている感じか?


 それは6人編成で隊を作った兵士たちだ。サハギンの襲来が止んでいるとはいえ、兵士たちは未だに最低限の警戒体制を維持している。6人で一隊を作り、アトランティス周囲や街中を頻繁に巡回させているのだ。


 その巡回している兵士たちの一隊だろう。


 彼らは慌てた様子で街中に点在する兵士詰め所の中に駆け込むと、待機していた兵士たちに何事かを口早に告げた。


 直後、何かを告げられた兵士たちは驚愕し、中心が吹き抜けになっている塔のような詰め所内部を一直線に最上階まで上がった。


 そこには太鼓のような物が設置されている。街中を散策している時にネイアが教えてくれたのだが、これは水中太鼓と言って、叩いて音を発する楽器だ。っていうか、材料や何やかんやが違うだけで、ほとんど太鼓そのものである。水の中でも遥か先まで音がはっきりと伝わる構造になっているのだとか。


 この水中太鼓を、兵士は一定のリズムで繰り返し叩き始めた。


 人間の聴覚とは違うが、俺にも音の高低を感知する器官がある。そんな俺のもとにまで、監獄の分厚い壁を透過して「音」は響いてきた。


 程なく、街中に点在する詰め所最上階で、同様のリズムでもって次々と水中太鼓が打ち鳴らされ始める。


 いまやアトランティス中に、太鼓の音が響き渡っていた。


 打ち鳴らされるリズムによって意味は異なるが、どのリズムが何を意味しているのか知らない俺でも、たぶん分かる。


 これは警鼓(けいこ)というやつだ。警笛や警鐘の太鼓バージョン。すなわち、危険を報せる音である。


 にわかに街中がざわつき始めたのが、人々の動きから分かる。


 海底神殿を覗いてみると、ネイアたちも険しい表情を浮かべて急がしそうに動き回っていた。


 何があったのか、様々な場所に設置した「座標」から「空間識別」を次々に展開し、原因と思われる何かを探してみる。


 しかし、すでに「座標」を設置している場所に原因らしきものは見当たらなかった。


 だが――、


『お……おいおい……冗談、だろ……?』


 程なく、俺はその原因を見つけることに成功する。


 というのも、『魔力超感知』が巨大な魔力を感知したからだ。


 それはアトランティスに少しずつ近づいて来ている。俺のいる監獄からは、直線距離で数キロメートルは確実に離れているだろう。にも拘わらず、まるでリヴァイアサン専務と初めて出会った時のように、遠く離れた場所からでもはっきりと知覚できる、桁違いの膨大な魔力。


 その方向へと「空間識別」を伸ばしていけば、原因が「視界」に映った。


 サハギンだ。


 数はレウスたちを助けた時と同じくらい。つまり2000体か、それを少し上回る程度のサハギンの大群だ。


 ただし、あの時よりも全体に占める黒サハギンどもの数が多い。ざっと見たところ、群の半分近くが黒色に染まっていた。


 勝てるかどうか分からないくらいの、強敵だ。


 ただし、フロスト・シームーンに進化する前の俺ならば。


 今の俺なら、たとえこの群相手であっても、『限界突破』を使えば撃退することは十分に可能だろう。前の戦いでの手応えと、今のステータスから、そう判断することができる。


 だから、俺が驚いたのは有象無象のサハギンどもじゃない。


 その後ろ。


 サハギンどもの大群の後ろ、最後尾にいる、一際巨大な化け物。


 下半身は蛸のようで、上半身はサハギンのような、異形の怪物。


 第二楽園島で専務が葬ったやつよりは、ずいぶんと小さい。大きさはおよそ3分の1。体長は30メートル半ばといったところか。感じる魔力も、第二楽園島にいたやつよりも相応に小さいんだろう。


 だが、それは蟻から見た象とカバの大きさの違いみたいなものだ。つまり、どうしようもない化け物だということは同じなのだ。


 ――邪神の眷属。


 間違いなく、そうだろう。


 俺は数秒の動揺から我に返ると、急いでネイアへ念話を繋げた。


『――ネイアッ!』


『アクア様っ!?』


『サハギンどもの大群が近づいて来てる!』


『は、はい! こちらでも警鼓の音が聞こえていましたわ!』


『それだけじゃないんだ! 邪神の眷属もいる!!』


『――――っ!!』


 さすがのネイアも、眷属の存在には息を呑んだ。


 俺はそんな彼女に、矢継ぎ早に言った。


『アイツは今の俺でも倒せない! すぐに女神様に連絡してくれ!』


 そう。邪神の眷属が相手である以上、女神様に専務レベルの戦力を派遣してもらわねばならない。眷属がいる場所は、すでにアトランティスにかなり近いが、今は巻き添えの被害に狼狽えている場合ではないのだ。


 邪神の眷属討伐の巻き添えを心配する前に、アトランティスが眷属そのものに滅ぼされるかもしれない危機なのだから。


『わ、分かりました! すぐにポセイドン様にお伝えします!』


 ネイアは言葉通り、その場に立ち止まると両目を閉じた。


 胸の前で両手を組み、祈るように集中している。たぶん、『交信』スキルで女神様に連絡しているんだろう。


 それを千里眼もどきで見守ること1分近く――突如として、俺の頭に美しい声音が響いた。


『――アクアよ!』


『め、女神様!?』


 すぐに理解する。『神託』スキルで女神様が俺に声を届けているのだ。


『話は我が巫女より聞いた!』


『おお! ということは、眷属の方を派遣してくださるので!?』


『うむ! 今、アトランティスに一番近いのはリヴァイアサンじゃ! ゆえに、リヴァイアサンをすぐに派遣する。……しかしのう』


 苦渋に満ちたような女神様の声。


 とんでもなく嫌な予感がするんですけど?


『アトランティスに到着するまで、早くても一時間は掛かるのじゃ』


『一時間……ですか』


『うむ。つまり、それまではお主らで耐えてもらわねばならぬ。それに、アトランティスにあまり被害を出したくないのなら、できるだけイヴィル・ファミリアを引き離す必要もあるのじゃ……』


 イヴィル・ファミリア……初めて聞いたけど、たぶん邪神の眷属のことだろう。


 いや、そんなことより。


 一時間耐えた上にアトランティスからイヴィル・ファミリアを引き離す?


 う~ん…………いや、無理じゃね?


『あの、女神様?』


『何じゃ?』


『リヴァイアサンは転移でここまで来れたりしないんですかね?』


 リヴァイアサンなら普通に転移とか使えるんじゃね? と、俺はそう思ったわけなんだけど……。


『阿呆。それができるなら最初からそうしておるわ! 空間魔法は珍しいと言うたじゃろうが!』


『ぅうえええええええッ!? 珍しいって、そういうレベルの珍しいだったのぉッ!?』


 いやてっきり、その気になれば造作もなく使えるんじゃないかと思っていたんですが! だって思わずそう考えちゃうくらい、専務の強さはむちゃくちゃだし!


 空間魔法って専務でさえ使えないのかよ……。


 そういえば、俺がアトランティスに来る時も転移で運んでくれたりはしなかったよな。だからアトランティスを見つけるまでに、あれほど時間が掛かったわけで……。


『――ってことは、本当に時間稼ぎしなくちゃいけないってことじゃないですかぁああああッ!!?』


『何を今さら。さっきからそう言うておろうが!!』


『いやいや無理無理! さすがに出来ることと出来ないことがありますってぇえええ!!』


『それでもやるのじゃ! 妾の使徒であろうが! 無理というのは嘘つきの言葉なのじゃぞ! やればできるのじゃ!!』


『そのフレーズは本当に止めてくださいッ!!』


 ううッ!! 前世から刻み込まれた上司からの無茶ぶりに魂が拒絶反応を起こしているぅッ!!


 これが誰も死なない問題だったら迷いなく逃げているところだが……出来ないと大変なことになるのは分かっている。だから無茶でも何でもやるしかない!


『分かりましたよ……やりますよ! やれば良いんでしょ!? 死んだら化けて出てやりますからね!?』


『ふん、安心せい。神ともなれば魂を浄化するくらい何でもないわ。化けて出たらすぐに成仏させてやるからのう』


 ――何も安心できないッ!?




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