【70】監獄生活、色々成長・1
転生七十八日目。
『ほらよ、飯だ』
そうぞんざいに言って、看守が檻の隙間から小魚を一匹、放り込んできた。
『――ちっちゃッ!?』
稚魚かメダカかというくらい小さな魚の姿に、俺は思わずそう叫んでしまう。監獄の飯が魚一匹なのはまあ……千歩くらい譲って良いとしてもだ。この小さい魚は何なんだよ。俺を飢え死にさせる気か。
『ああん? 文句があるなら食わなくても良いぜ? どうやら高貴な使徒様には、ここの食事はお気に召していただけなかったみたいだなぁ? なら、食事は用意しないことにしよう』
『ちょッ!? 食わないとは言ってないだろ!』
『ふんっ! なら最初からそう言えや。食わせてもらえるだけありがたいと思うんだな!』
吐き捨てるように言って、看守は牢の前から去っていく。
俺はその姿を見送りながら、牢の中に放り込まれた小魚を触手で掴んで捕食した。
『……ひもじいぜ』
当然だが、こんな小魚一匹では足りるはずがない。
だがまあ、食事の問題はどうとでもなるんだ。空間魔法を駆使して、遠隔で獲物を狩って亜空間に放り込み、ここで取り出せば良いだけだからな。あるいは絶命させた後ならば、普通に転移でここに運ぶこともできるだろう、たぶん。
だから、今の問題は……だ。
『俺ってば、本当に無実を証明できるんだろうな……?』
昨日から牢に入れられて過ごしてみたけど、いくらなんでも看守の態度が悪すぎるのではなかろうか?
何なのあの看守は? 今回の殺人事件で家族でも亡くして、俺を犯人と思い込んでいるとか? それできつく当たっているとか?
だったらまあ、私怨を仕事に持ち込んでるのはどうかと思うけど、人間の心理として理解できなくはないし、別に良いんだけどさ。
どうにもあの態度で接されると、気分が沈んで鬱々としてしまうぜ。そもそもここは監獄だし、環境が良くないのかもな。
調べてみた結果、この海底監獄は小学校の校舎ほどの広さがあるらしい。四角い武骨な建物で、窓や出入り口は必要最小限しかない。んで、その中の一画には整然と牢屋が並んでいる区画がある。つまり、ここのことだ。
なんだけど、監獄中を千里眼もどきで確認してみた結果、現在収監されている囚人はたったの2人しかいないようだった。
アトランティスはずいぶん治安が良いのだろうか?
だから殺人事件が起きて、過剰に反応し、容疑が確定する前から過激な報復をしようとする者たちが出ちゃった、とか?
あ、ちなみに、俺は囚人には含めていないよ。人じゃないから――ではなく、あくまで俺ってば容疑者だからね。しかも無実だ。
今の俺にはネイアたちを信じることしかできない。ネイアたちが必ずや俺の容疑を晴らしてくれると信じて……とりあえず、今は食料事情を改善するために遠隔魔法で狩りでもするかな。
●◯●
転生八十日目。
監獄生活もかれこれ四日目だ。
ここまで、事件について進展はなし。千里眼もどきで監視していた限りでは、サハギンどもの襲来もなかったようだ。
しかし、細かいところでは色々な発見と進歩があった。
いや、連続殺人事件とは何の関係もないんだけどさ。
一つは俺のレベルとスキルレベルが上がったこと。
というのも、マジで何もすることがないから、食料確保も兼ねて、俺は遠隔魔法で狩りに勤しんでいたのだ。
アトランティス周囲や楽園小島、第二楽園島、あるいは外洋を旅した過程で設置した「座標」の数々から「空間識別」を展開し、食料となりそうな生き物や魔物がいたら、スキルのレベル上げも兼ねて『氷雪魔法』を使って狩りをしていたんだ。
その結果、色々と狩ることができた。
カタパルト・スクウィッドに成魚となったブレイドテイルさん、ホラー・シャークに以前は苦戦していたカワード・シータートル。そしてシャーク様ことマンハント・シャークまでも狩ることに成功した。それも結構簡単に。
狩りの仕方としては、アクア・バレットやアクア・ランスを撃ち込むだけなんだけど、『氷雪魔法』のレベル上げのために、水弾や水槍に「氷雪付与」を施してみた。
いや、武器や防具じゃないと付与できないかと思ってたんだけどさ、これが普通に魔法にも付与できたんだよね。
効果としては水弾や水槍に貫かれた場所を中心に、獲物の体が凍っていくというもの。
一撃で仕留めきれない場合には有効かもしれない。傷口が凍ることで出血は止まってしまうのだが、体の一部が凍ることで継続ダメージがあり、さらに体温が下がることで目に見えて動きが遅くなる効果があったのだ。
んで、この「氷雪付与」なんだけど、どうも付与する物体の質量が大きいほど効果が高いみたい。
たとえば水弾一つに付与できる氷雪属性は5MPが今の限界なんだけど、水槍には最大100MP分の「氷雪付与」を施すことができた。
そしてもちろん、威力としてはMPを多く消費するほど上がるというわけだ。
なんとシャーク様は俺のアクア・ランスを胴体に喰らっても死ななかったのだが、100MP分の「氷雪付与」によって、1分後には全身が凍りついてお亡くなりになった。
ちなみにアクア・キャノンは試していない。たぶん全身が木っ端微塵になって、食べるところがなくなってしまうからな。
――とまぁ、こんな感じでスキルのレベル上げをしていたんだが、数日で『氷雪魔法』のスキルレベルが7に上がった。
それで新たに覚えた魔法が、これだ。
6レベル――「硬化」
7レベル――「射出」
うん。これについて、新たに説明する必要はないだろう。要するに『水魔法』にあった「硬化」と「射出」と同じで、その氷雪魔法版だ。氷を硬くできるし、氷を高速で撃ち出すことができるやつ。
この二つを手に入れたことで、俺はようやく水魔法に「氷雪付与」するという迂遠な方法ではなく、直接的に『氷雪魔法』を活用することができるようになった、というわけだ。
そんなわけで作りました。新たな攻撃魔法、アイス・バレットを!!
いやほぼアクア・バレットと同じだろとか言っちゃいけません! 正直俺もほとんど同じだと思っていましたが、何とこの魔法、アクア・バレットとは一線を画する効果があったのだ!
まず一つ目、一応固体だからか、アクア・バレットの水弾よりも硬い! 氷の方が水よりも密度は小さいはずなのに不思議!
ともかく硬いから、アクア・バレットよりアイス・バレットの方が貫通力がある……かと思えば、実はそうでもなかった。
氷弾だと「水流操作」で回転を加えることができないから、威力と貫通力もアクア・バレットより劣っていたのよね……。
いや、正確にはできないわけじゃないんだけど、水弾は弾丸そのものを「水流操作」で回転できるのに比べて、氷弾だと周囲の海水を操ってバレル状に「形体付与」して「硬化」しないといけない。これをするとMPの消費が割に合わないくらい増えてしまうのだ。だからしない。威力が欲しければ普通にアクア・バレットを撃った方が良いからだ。
でも、だからってアクア・バレットの劣化魔法というわけではなかった。真に驚くべきは、「氷雪付与」の違いだったのだ。
どういう事かと言うと、アイス・バレットには「氷結」「造形」「硬化」「射出」に、水中で使う場合には「水中抵抗軽減」という工程を踏む。そして最後に「氷雪付与」で氷雪属性を与えるんだけど、水と氷の違いなのか、水弾5MPが限度なのに対して、質量としてはほとんど変わらない氷弾には倍の10MP分の「氷雪付与」を施すことができたのだ。
しかもねぇ、それで属性ダメージが2倍というわけじゃなかった。
明らかに2倍以上だったのだ。
氷弾一発に、付与できるだけの氷雪属性を付与して、シャーク様に撃ち込んでみた。
そしたら3分くらいで全身が凍ったよ。
アクア・バレットだったら、たとえ10発撃ち込んでも全身凍ることはないのに、だ。
で、さらに俺は『氷精』スキルを使ったら遠隔魔法でも強化できるのか気になって、『氷精』スキルを使ってみた。
『氷精』を発動すると俺の全身が薄青く発光して、周囲が冷たくなり始めたのが分かった。その時HPは満タンだったんだけど、何かHPが回復していくような感覚があったんだよね。たぶんだけど『氷雪吸収』が発動してたと思う。
『氷精』を発動するだけで自動回復効果あるとか何それ最高!
消費としては何もしなくても1秒で1MPくらい減っていった。かなり燃費は悪いが、奥の手の一つとしては十分なくらいだ。
んで、俺はこの状態でアイス・バレットを放とうとして――――さらに恐ろしいことに気づいてしまった。
そういえば、『凍撃』スキルの説明では、「MPを消費して全ての攻撃に氷雪属性を乗せることができる」という一文があったことを思い出したのだ。
「全ての攻撃」って……もしかして、魔法にも有効なんじゃ?
そう思った俺は、アイス・バレットに『凍撃』も乗せてみた。問題なく乗った。
ちなみに、「氷雪付与」と『凍撃』は効果が重複するのだが、色々試してみた結果、属性を付与できる対象には違いがあった。
「氷雪付与」の場合は「明確に形がある」ものならば付与できる。要するに、魔法で操った水流などには形がないから付与できない。
一方、『凍撃』の方はそれが「攻撃」と判断されるならば、どんなものにも属性を乗せることができる。つまり、魔法で操作した水流などにも属性を乗せることができるのだ。
――閑話休題。
ともかく――アイス・バレットを「氷雪付与」と『氷精』と『凍撃』で強化した一撃だ。
こいつを、シャーク様に放ってみた。
小さな氷弾一発がシャーク様の分厚い皮膚を貫くと――――一瞬で全身が凍りついた。
『――――ふぁッ!?!?!?』
あまりにもとんでもねぇ威力に、さすがの俺も驚いたね。
シャーク様は弱くない。いや、初めて見た時にはシーピラニアどもにガブガブされて骨になってたけど、今では俺の遠隔魔法で簡単に狩られてるけど、それでも最上等級の水属性を持つ、俺のアクア・ランスでも一発では殺せないくらいに強い魔物なのだ。
最近、『鑑定』のスキルレベルがようやく5に上がったんだけど、それで見れるステータスを紹介しよう。
これだ。
【名前】なし
【種族】マンハント・シャーク
【レベル】24
【HP】4568/4568
【MP】221/221
【身体強度】885
【精神強度】52
【HP】と【身体強度】に比べて【MP】と【精神強度】がクソだけど、この数値はめちゃくちゃ高いのだ。
比較対象として、アトランティスの一般的な兵士のステータスを見てもらえれば、如何にシャーク様が強いのか分かると思う。
【名前】ログマ
【種族】魚人族
【レベル】21
【HP】743/743
【MP】129/129
【身体強度】256
【精神強度】68
たぶん兵士だから、これでも一般の人より強いんだよね。レベルも結構高いし。ちなみにこのステータスだと、基本的に上位種サハギンくらいなら一対一で確実に倒せる。
んで、この人は近接戦が得意な兵士で、兵士の中には魔法兵という兵科もある。
俺が千里眼もどきで『鑑定』しまくった、魔法兵さんの平均的なステータスはこんな感じ。
【名前】オト・パクス
【種族】魚人族
【レベル】23
【HP】569/569
【MP】487/487
【身体強度】202
【精神強度】185
魔法兵さんだと、名字持ちの貴族が多いらしい。
あ、ちなみに、アトランティスにも貴族がちゃんといるらしいぞ。領地はないけど、その分、色々な特権があるってネイアから教わった。
まあ、それはともかく、ステータスはこんな感じだよ。
魔物も人も、基本的には【HP】と【身体強度】が高くなる傾向にあるみたい。だけど、魔法が得意だとほぼ同じくらいまで成長するのかな。それでも微妙に【HP】と【身体強度】の方が高いが。
まだスキルは見えないし、パラメータの値だけで強さを完全に判断できるわけではないが、それでも判断の目安くらいにはなるだろう。
つまり、何が言いたいかというと……シャーク様は強いということだ。雑魚じゃないんだよシャーク様は。
んで、そんなシャーク様を一瞬で凍りつかせて絶命させたアイス・バレット(一発)。
……強すぎじゃね?
まだ『氷雪魔法』のスキルレベルは上がりきっていないから、おそらくあると思われる「理」系の魔法も覚えていないし、『凍撃』も『氷精』もスキルレベル1なんですけど。
要するに、まだまだ強化できる段階なのである。それであの威力って……いやいや、強すぎじゃね?
流石は氷雪特化の種族は伊達ではない、ということだろうか。フロスト・シームーンは。
っていうか、シャーク様とか魚人兵士の皆さんとステータスを比べてみて思ったんだけど。
相変わらず【身体強度】だけはクソなんだけどさ、俺のステータスって結構高くないか?
俺ってもしかして……普通に強い?




