【69】邪魔なクラゲ
【アトランティス・王城の一室:???視点】
――クラゲが牢に入れられる、数日前。
「クソッ!! どう考えてもあのクラゲが邪魔だッ!! 何なのだアイツは!! どうして俺の邪魔をするッ!! 海神に俺たちの計画がバレたんじゃないだろうな!?」
「どうか落ち着いてください、我が君。こちらで調べた情報によりますと、件のクラゲに我らの計画を邪魔する意図はないかと」
「なぜそう言い切れる!? 神殿の制圧も! 第一王子の殺害も! あのクラゲによって邪魔されたではないか!? おまけに空間魔法を使うクラゲだ! 無人島で養殖していたスレイブどもを襲撃していた正体不明の敵も、アイツだったに違いない!! だとしたらッ! アイツのせいで全ての計画が潰されたということだぞ!! いったい俺がどれほどの時間をかけて準備してきたと思っている!! ファミリアに喰わせる生贄を集めるのもタダではないのだぞッ!!」
「我が君、我が王よ。どうか落ち着いてください。確かにあのクラゲはイレギュラーではありましたが、まだ全ての計画が潰されたわけではありません。それに海神も我らの存在にはまだ気づいていないでしょう。調べたところによりますと、あのクラゲに下された使命はサハギンどもの駆除だと言います。忌々しいリヴァイアサンによって、ファミリアが滅ぼされる前に無人島を出たサハギンどもを駆除しろという事だと思います。そこに裏はないようです。我らの存在に気づいているなら、サハギンの駆除などという生易しいことはしないでしょう」
「だがッ! 秘密裏にこちらを調べているという可能性もある!! 神がサハギンごときの脅威に使徒を遣わすなどおかしいではないか!?」
「確かに神にしてはアトランティスを気にかけ過ぎていますが……それはおそらく、群に多くのスレイブが混じっていたからでしょう。それともう一つのご懸念についてもご安心を。空間魔法に対する防諜の手段はございます。この部屋も結界で覆っているので、覗くことは不可能です」
「ぬぅッ……ならば、どうするつもりだ? 今は襲撃を取り止めているからサハギンの個体数は徐々に回復しているが、あのクラゲがいる限り、生半可な襲撃では目的を達せられない。貴様が暗殺でもするのか?」
「残念ながら、暗殺は難しいでしょう。一撃で仕留めきれなかった場合、転移で私の知らない場所へ逃げられては、追撃は不可能ですので。相手は仮にも使徒。さすがに一撃で仕留めきる自信は……。ですので、まずは別の手段でクラゲの排除をしてしまおうかと」
「排除だと? 暗殺以外の方法で、か?」
「はい、もちろんです。たとえ可能だったとしても、この状況で暗殺などすれば、海神の早期介入は防げませんので」
「ならば、何だ? サハギンの襲撃が止んだというのに、あのクラゲはここを離れるつもりはないようだぞ?」
「そうですね。このまま襲撃を止めておけば、いずれはそのまま去るかと思いますが、それでは何時になるやら分かりませんので、こちらから積極的に動いてみるのはどうでしょうか?」
「……何をするつもりだ?」
「あのクラゲは使徒といえど、所詮は魔物です。たとえば街中で不審な殺人事件が幾つも起こる。その犯人らしき姿を見たという証言に、大きなクラゲの魔物の姿を見たと噂を流す。あるいは証人を出す。民たちは当然、あのクラゲに疑念を抱くはずです」
「……そう上手くいくか? クラゲとはいえ、民たちから救世主と呼ばれているクラゲだぞ?」
「もちろん、信じない者もいるでしょう。ですが疑いを持つ者も大勢湧いて出るはずです。ならば後は扇動してやればよろしい。人は自分とは違う存在に対して排他的です。同じ人類同士でさえそうなのに、異種族、それも魔物相手となれば、必ずや疑いを持つ者が出るのは間違いありません」
「…………巫女や第一王子たちは庇うのではないのか?」
「庇うでしょう。しかし、それは問題ではありません。目的は我らの計画の邪魔となるクラゲの、アトランティスからの排除。もしくは、その身柄の拘束とするならば、クラゲ自身に出ていくか、それとも拘束されるかを選んでもらいましょう。クラゲ自らの選択なら、止めることは難しいでしょう。まあ、そこは上手く誘導する必要がありますが」
「拘束など意味があるのか? 奴は転移を使うんだろう?」
「転移を阻害する術はございますが、そこまですると少しあからさま過ぎますね。アトランティスから放逐できれば最上ですが、とりあえず、牢に閉じ込めてしまいましょう。そこからクラゲが自分の意思で逃げ出したならば、そのことを大々的に広めてしまえば、奴に対する疑いも深まりましょう」
「そうなれば、放逐することも容易い、か……」
「御賢察の通りです、我が君」
「ふん。良いだろう。ならばまずは、そうしてみるか。だが、計画はどうする? 奴を閉じ込めた後に、巫女と王子を亡き者にするのか?」
「いえ。すでに当初の計画からは外れてしまっています。ですので、こちらも少々計画の練り直しが必要でしょう。ファミリアの一つを使ってしまいましょう。まだ目覚めたばかりの方です」
「……なに? だがあれは、まだスレイブも生み出せないくらい力が弱いぞ」
「はい。ですので、倒してしまいましょう。我々が英雄になるのです」
「……名声を獲得しろ、というのか?」
「はい。計画はこうです、我が君。
……。
…………。
………………。
――という感じで、いかがですか?」
「待て。……少し、強引すぎじゃないのか? 俺たちに都合が良すぎる。疑われる可能性も……」
「我が君、お言葉ですが、当初の計画を失敗してしまった以上、同じことをしても疑う者は疑うでしょう。今、サハギンたちの大群で神殿を落とし、王子を殺害したとしても、結局は同じです。結果を見れば我が君にとって都合の良いことになる。あれは最初だから良かったのです。急に襲来したサハギンの圧倒的な大群が、結界の要である神殿を落とし、そのどさくさで巫女を殺害し、兵を率いて防衛に出た王子が命を落とす。これであれば、あり得る自然な流れでした。ですが一度目で失敗してしまった今、何度もサハギンの群が出てくれば、疑念を抱かれてしまいます。いえ、すでに疑問に思っている者もいるでしょうね」
「む……もう何をしても俺たちのことは遅かれ早かれ露見するのならば、奴らを殺しても同じではないか?」
「使徒の目があるところで、巫女を殺せば即座に海神の介入を招きかねません。海神が介入してくるより先に、多少疑わしく強引であろうとも正当な手順でもって、我が君に権力を掌握してもらった方が良いでしょう。そして早急にデイゴン様を復活させてしまいましょう。そうすれば、海神を含め、我が君が恐れる者はいなくなります。後から海神が介入してきたとしても、もはや我々の勝利は揺らぎません」
「……その計画では、巫女や王子は殺さないことになるのか?」
「デイゴン様が復活するまで、巫女は殺さず監禁しておいた方が良いでしょう。王子はいずれ処刑することになりますが……クラゲが動くとするなら、アトランティスから逃げるかもしれませんね」
「…………そう、か。……そう、だな。お前の言う通りにしよう」
「英断かと、我が君」
「ああ。……少し疲れた。寝る」
「はい。計画はこちらで進めておきますので、ごゆっくりとお休みください」
「任せる」
●◯●
「まったく、意気地のない奴だ。この期に及んで躊躇うなんてね。傀儡にするには馬鹿の方が良いが、弱気なのは困るな……。今さら何を躊躇っているのだか……所詮はその程度の器ということか。
だいたい、使徒が来た以上、すでに計画が破綻しているのが分からないのかね?
おかげで養殖場計画は失敗だ。海神が介入してくるより先に、急いで収穫できるだけ収穫しないといけないな。
……それにしても、あのクラゲ君、確かに気になる。
『空間魔法』を使える使徒……あり得るか? 【世界門】が閉じられる前に使徒にされたのなら……だが、使徒には寿命がある。さすがに1万年以上も生きているわけが……仮に寿命の問題がどうにかなったとして、1万年も使徒をやっている存在が、たかがサハギン2000体ごときに苦戦するわけがないんだけど……。
だとすると、新たな稀人……? ボクらの知らないところで門を開いた……?
いや……それこそあり得ないな。
使徒じゃなければ、答えは一つなんだけどねぇ。
なかなか不思議な存在じゃないか、あのクラゲ君は。
個人的には友好を深めたいところだけど、さっさと退場してもらわないとね」




